ホワイトハラスメント(ホワハラ)とは?叱れない上司を変える指導場面の言語化

言葉が出てこない上司と、戸惑う部下を描いたイラスト。ホワイトハラスメントと指導場面の言語化 人材定着

資料の誤字をひとつ伝えただけなのに、相手がこの世の終わりのような表情になった。そして翌日から、職場に来なくなった。研修で、ある管理職の方から聞いた話です。

こうした話を耳にすると、「もう何も言えない」と感じるのも無理はないでしょう。注意すればパワハラと言われるかもしれない。だから、言わずにおく。仕事も、負担の少ないものだけを渡しておく。ところが最近は、その「言わない」「任せない」こそがホワイトハラスメント(ホワハラ)だと言われるようになりました。厳しくしても、優しくしても責められる。正直、どうすればいいのかと思いませんか?

この行き詰まりは、叱るか、叱らないかの二択で考えている限り、なかなか抜け出せないように思います。必要なのは、厳しさの加減を調整することではなく、指導を「相手に伝わる言葉」にすること。いわゆる「言語化」です。何を伝えたいのか、どんな行動を取って欲しいのか、それはなぜなのか。そこが言葉になっていれば、相手を萎縮させずに、必要なことを伝えられるはずです。

私自身、介護の現場で主任を務めたのち、人材サービス会社でeラーニング事業の責任者として部下を持ち、事業を立ち上げてきました。その間、部下への伝え方には何度もつまずいています。現在は研修講師として、業種を問わず多くの管理職の方と、この「伝え方」の問題に向き合っています。

この記事では、ホワイトハラスメントの意味と事例を整理したうえで、なぜ「叱れない上司」が増えているのか、そして管理職が言語化の力を鍛えることで、萎縮とパワハラの両方をどう避けられるのかをお話しします。

ホワイトハラスメント(ホワハラ)とは?意味が割れている言葉を整理する

まずは、言葉の意味をそろえるところから始めましょう。実は「ホワイトハラスメント」は、使う人によって意味が少しずつ違います。

インターネットで調べると、説明は大きく2つに分かれます。

  • 上司が部下に過剰な配慮をすることで、部下の成長の機会を奪ってしまうこと
  • ハラスメントと受け取られることを恐れて、上司が必要な指導や注意を避けること

前者は、配慮を受ける部下から見た説明です。後者は、指導をためらう上司から見た説明だといえるでしょう。どちらも間違いではありません。ただ、同じ「ホワハラ」という言葉で、片方は「やりすぎた配慮」を、もう片方は「やらなかった指導」を指しているため、話がかみ合わないことがあります。Googleの検索窓に「ホワイトハラスメント」と入力してみると、続けて「意味不明」「甘え」「おかしい」といった言葉が候補に表示されます。多くの人が同じ言葉を調べながら、腑に落ちていない。そんな様子が伺えるのも、このあたりに理由があるのかもしれません。

そこで、この記事では2つの説明に共通する部分を取り出して、次のように考えます。ホワイトハラスメントとは、相手を気遣うあまり、必要な指導が言葉にならないまま止まってしまう状態です。過剰な配慮も、指導の回避も、行き着く先は「本来伝えるべきことが、相手に届いていない」という同じ地点にあるからです。

なお、ホワイトハラスメントは法律で定められた用語ではありません。法律上の定義があるのはパワーハラスメントで、厚生労働省の指針には、次の一文がはっきりと書かれています。

客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。

出典:厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)P.1

適正な指導は、パワハラではありません。問われているのは「指導するかどうか」ではなく、「その指導が業務上必要で、相当な範囲に収まっているかどうか」です。この前提が抜け落ちると、「言わないことがいちばん安全」という判断に流れやすくなるのでしょう。

同じ指針には、パワハラの代表的な類型のひとつとして「過小な要求」が挙げられています。業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり、仕事を与えなかったりすることです。仕事を任せないという点では、ホワハラと重なって見えるかもしれません。

ただし、指針が該当例として挙げているのは、退職させるために誰でもできる業務をさせる、嫌がらせのために仕事を与えない、といった悪意のあるケースです。反対に、「労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること」は該当しない例とされています(同指針P.4)。つまり、相手に合わせて仕事を調整すること自体は、問題ではないのです。

では、何が問題になるのでしょうか。調整の理由も、次に期待していることも伝えないまま、「とりあえず負担を減らしておく」状態が続くことです。配慮のつもりでも、部下からすれば「自分は期待されていない」と受け取る材料にしかならない場合があります。配慮と指導を分けているのは、気持ちの大きさではなく、言葉の有無なのだと思います。

萎縮(ホワイトハラスメント)では伝わらず、威圧(パワーハラスメント)では怖さだけが残る。その間にある「言葉にした指導(何を・どんな行動を・なぜ)」で必要なことが届くことを示した図
萎縮しても、威圧しても、指導は届かない

ホワハラの事例――「気を遣ったつもり」が成長の機会を奪う場面

ホワハラは、怒鳴る・無視するといった目に見える行為とは違い、外から見ると「優しい上司」に見えることが少なくありません。そのため、本人も周りも気づきにくいという特徴があります。ここでは、よくある場面を見ていきます。

指摘をためらい、自分で直してしまう

冒頭の誤字の話には、続きがあります。こうした出来事を一度でも目にすると、周りの管理職は「小さなことでも、言い方ひとつで部下が辞めていく」と身構えるようになるでしょう。すると、次に部下の資料で誤りを見つけたとき、本人には伝えずに自分で直して提出する、という選択をしやすくなります。

その場は丸く収まります。ただ、部下は同じ誤りを繰り返しますし、自分の資料が直されていたことにも気づきません。半年後、別の上司から同じ点をまとめて指摘されたとき、本人の受けるショックは、最初に一言伝えられていた場合よりずっと大きいはずです。

「大丈夫、気にしないで」でフィードバックを終える

部下が失敗して落ち込んでいるとき、「大丈夫、気にしないで」と声をかけるのは自然なことです。問題になるのは、その一言で話が終わってしまうときです。何がよくなかったのか、次はどうすればいいのかが伝わらないので、部下は安心するどころか「何がまずかったのかわからない」という不安を抱えたまま、次の仕事に向かうことになります。

研修でも、「失敗するかもしれないと思うと、新しい企画に手を挙げられない」「成功を前提にした安全を取りたい」という若手の声を聞くことがあります。話を聞いていくと、失敗を「恥ずかしいもの」「絶対に避けたいもの」「できれば人に知られたくないもの」と捉えている方が少なくありません。真面目で、周りに迷惑をかけたくない人ほど、そう感じやすいのでしょう。そう捉えている限り、挑戦しないことが、いちばん確実な自分の守り方になります。

この捉え方は、上司が「大丈夫、気にしないで」と声をかけるだけでは変わりません。失敗のあとに、何を学び、次に何を変えるのかを一緒に言葉にする経験を重ねて、はじめて「失敗しても、次につなげればいい」と思えるようになるのではないでしょうか。

難しい仕事を、理由を言わずに任せない

難しい顧客対応や、責任の重い仕事をベテランだけで回し、若手には負担の軽い仕事だけを渡す。早く帰れるように、残業が発生しそうな仕事は上司が引き取る。どちらも、部下の負担を思っての判断でしょう。

ただ、そこに「なぜ今は任せないのか」「いつ、どうなったら任せるつもりなのか」という言葉がないと、部下の受け取り方は大きく変わります。同期が別の部署で大きな仕事を任されている話を聞けば、「自分は期待されていないのではないか」「ここにいても成長できないのではないか」と感じても不思議ではありません。

しかも、任されないまま数年が経った場合を想像してみましょう。後輩が入ってくれば、難しい顧客対応も、責任の重い判断も、いずれは担う立場になります。それまで一度も経験させてもらえなかった仕事を、ある日いきなり任される。その負担は、少しずつ経験を積んできた場合と比べものにならないほど大きいはずです。今の配慮は、負担をなくしているのではなく、先に送っているだけなのかもしれません。

ここまでの場面を、上司の意図と部下に残るものに分けて並べると、次のようになります。

上司がしていること上司の意図部下に残るもの
誤りを本人に伝えず、自分で直す傷つけたくない同じ誤りを繰り返し、後でまとめて指摘される
「大丈夫、気にしないで」で話を終える落ち込ませたくない何が悪かったのかわからない不安
失敗したときの扱いを示さないプレッシャーをかけたくない挑戦しないことが、いちばん安全という判断
難しい仕事を、理由を言わずに任せない負担をかけたくない期待されていないという感覚と、数年後にいきなり任される負担
残業しそうな仕事を上司が引き取る早く帰らせたい仕事を覚える機会が減る

左の2列だけを見れば、どれも思いやりのある判断です。それでも右の列のような結果になってしまうのは、上司の意図が、言葉として部下に届いていないからです。意図そのものが間違っているわけではありません。

研修でよく聞くのは、「自分でやった方が早いし、言って辞められても困る」という本音です。人手が足りない職場ほど、この判断に傾きやすいのでしょう。介護の現場で起きやすい「過保護な配慮」については、次の記事でも詳しく取り上げています。

ハラスメント研修をやっても介護の現場が変わらない理由と、変えるための3つの設計
介護のハラスメント研修をやっても現場が変わらない理由は、業界構造と研修設計にあります。「詰める指導」と「過保護な配慮」の両方をなくすために、誰に何を伝えるかの設計方法とカークパトリックの4段階評価を解説します。

なぜ「叱れない上司」が増えるのか――管理職を取り巻く4つの変化

ここまでの話を読んで、「結局、上司の気が弱いだけでは」と感じた方もいるかもしれません。ただ、叱れない上司が増えている背景を、個人の性格だけで説明するのは難しいように思います。この数年で、管理職を取り巻く環境そのものが大きく変わってきたからです。

「日本の管理職は罰ゲーム」という言い方を耳にするようになったのも、その表れでしょう(参考:小林祐児『罰ゲーム化する管理職』集英社インターナショナル、2024年)。ここでは、指導のしにくさにつながる4つの変化を見ていきます。

1. 働き方改革で、教える時間が限られた

2019年4月(中小企業は2020年4月)から、時間外労働に罰則付きの上限が設けられました。長時間労働を減らすための大切な改正です。一方で、「業務が終わってから残って教える」「一緒に残業しながら覚えてもらう」という、かつての育て方は通用しなくなりました。限られた勤務時間の中で、自分の業務もこなしながら部下を育てる。管理職に求められる難しさは、確実に増しています。

出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」

2. 売り手市場で、「辞められたら困る」が強くなった

2026年8月の有効求人倍率は1.18倍でした。仕事を探している人1人に対して、1件以上の求人がある状態です。働く側から見れば、今の職場が合わなければ次を探しやすい環境だといえます。

出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)について」

裏を返せば、管理職にとっては、一人の退職が職場に与える影響が大きくなったということです。補充の目処が立たないまま人が抜ければ、そのしわ寄せは残ったメンバーと、管理職自身に来ます。先ほど触れた「言って辞められても困る」という本音は、こうした事情の中で生まれているのでしょう。

3. ハラスメントへの意識が高まり、判断が難しくなった

パワーハラスメントの防止措置は、2020年6月に大企業で、2022年4月には中小企業でも事業主の義務になりました。職場で起きていた理不尽な言動に光が当たるようになったのは、間違いなく前進です。

出典:厚生労働省「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」

ただ、線引きは簡単ではありません。厚生労働省の調査では、ハラスメント対策に取り組んでいる企業が感じる課題として、最も多かったのが「ハラスメントかどうかの判断が難しい」(59.6%)でした。

出典:厚生労働省委託事業「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」P.16

会社として対策に取り組んでいても、6割近くが判断に迷っている。現場で一人ひとりの部下と向き合う管理職が、どこまで言っていいのか迷うのは、無理もないことなのです。

4. AIの進化で、「教える中身」が変わり始めた

総務省の情報通信白書によると、生成AIを「使っている(過去に使ったことがある)」と答えた人の割合は、2023年度の9.1%から、2024年度には26.7%へと増えました。1年でおよそ3倍です。

出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」個人におけるAI利用の現状

調べればわかる知識や手順は、部下がAIに聞いて自分で手に入れられるようになりつつあります。そうなると、管理職が部下に伝える価値があるのは、「なぜこの仕事をこのやり方でするのか」「この職場では何を大切にしているのか」といった、マニュアルに書かれていない部分でしょう。経験の中で身につけてきた感覚を、言葉にして渡す力が、これまで以上に問われるようになっています。

4つの変化が重なると、「何も言わない」が合理的に見えてしまう

教える時間は限られ、辞められたときの痛手は大きく、どこからがハラスメントかの判断は難しい。そのうえ、教える中身そのものも変わり始めている。この4つが重なれば、「余計なことは言わずにおこう」という判断が、いちばん合理的に見えてしまうのも自然なことかもしれません。

私の研修では、「管理職になって増えること・減ること」を書き出してもらうワークをしています。増えるものとして挙がるのは、責任、業務の負荷、しがらみ。減るものとしては、上司から受けられる指示や、対等に相談できる相手が挙がります。迷ったときに相談できる相手が減り、一人で判断する場面が増える。それも、指導を控えてしまう理由のひとつかもしれません。

興味深いのは、「自分の時間」と「ストレス」が、増える側にも減る側にも出てくることです。同じ管理職という立場でも、役割をどう捉え、仕事をどう進めるかによって、時間もストレスも増えたり減ったりする。管理職が「罰ゲーム」になるかどうかは、捉え方とやり方しだいで変えられる部分があるということなのでしょう。

環境の変化そのものは、管理職一人の力では変えられません。変えられるのは、管理職という役割をどう捉え、部下にどんな言葉で向き合うかです。次は、その「役割の捉え方」から考えていきます。

根っこにあるのは、管理職の役割の取り違え――プレイヤーのまま昇進すると何が起きるか

同じ環境に置かれていても、必要な指導ができている管理職はいます。その違いはどこにあるのでしょうか。私は、管理職という役割をどう捉えているかの違いが大きいと考えています。

プレイヤーとして優秀な人ほど、つまずきやすい

これまで出会った管理職の中に、印象に残っている方が2人います。

1人は、営業部署の管理者です。自分の数字を作ることには長けていました。ただ、部下を育てることはできず、部下への関わりは、激を飛ばすか、自らのやり方を教えることが主になっていました。

もう1人は、本社部門の課長です。部下への指示は、部長から言われた言葉をそのまま伝えるだけ。部下から「それはどういう意味ですか」と問い返されると、答えに詰まってしまいます。評価面談でも、部長が書いた評価のとおりに話をするだけでした。その一方で、部下と同じプレイヤー業務には熱心に取り組み、仕事は正確で、それなりに早い。一人のプレイヤーとしては、信頼できる方でした。

2人とも、怠けていたわけではありません。むしろ、プレイヤーとして成果を出してきたからこそ、管理職に選ばれたはずです。問題は能力ではなく、昇進したあとも、プレイヤーのときと同じ物差しで自分の仕事を捉えていたことにあったのだと思います。

今の管理職は、自分も現場の業務を担いながらマネジメントをする、いわゆるプレイングマネジャーであることが少なくありません。プレイヤーとして手を動かすこと自体は、悪いことではありません。ただ、目の前の業務に追われるうちに、管理職にしかできない役割が後回しになり、やがて抜け落ちてしまう。そうしたことが起こりやすい立場でもあります。

管理職になると、仕事の中身はこう変わる

では、プレイヤーから管理職になると、何が変わるのでしょうか。私が管理職研修で最初にお伝えしているのは、次の5つの変化です。

プレイヤーから管理職になると変わる5つのこと。視座、仕事の質、意思決定と責任、対人関係、育成
プレイヤーから管理職へ、仕事の中身の5つの変化

なかでも視座の変化は、見落とされやすい部分です。管理職に求められるのは、チームや組織全体を見ることだけではありません。経営者や役員の立場も想像しながら、「なぜ今、この方針なのか」を考えることが含まれます。

図を見ると、管理職の仕事の多くが「人を通じて」行われることに気づくはずです。方針を部下に伝える。部下の仕事ぶりを評価して返す。上からの指示を、現場が動ける形に置き換える。どれも、言葉を介さなければ成り立ちません。

先ほどの課長は、部長の言葉を、自分の言葉に置き換えることができていませんでした。部長がなぜその方針を出したのかを、一段上の立場から想像できていなかったとも言えます。だから、問い返されると答えられなかったのです。上の方針を自分の言葉で理解し直し、部下が動ける言葉にして渡すこと。これが、管理職の役割の中心にあるのではないでしょうか。

指導を控えることは、役割の一部を手放すこと

この視点で、もう一度ホワハラを見てみましょう。部下の成長に責任を持つことが管理職の役割だとすれば、必要な指導を控えることは、優しさである前に、役割の一部を手放していることになります。

厳しい言い方に聞こえたら申し訳ありません。ただ、これは管理職を責めたいのではなく、指導に向き合う理由を、もう一度はっきりさせておきたいのです。「嫌われたくない」「辞められたら困る」という気持ちだけで判断していると、指導は後回しになり続けます。「部下を育てるのは、自分の役割だ」という軸があれば、伝え方に迷いながらでも、伝えること自体はやめずにいられるはずです。

そして、伝えると決めたときに必要になるのが、伝え方の技術、つまり言語化です。次は、その言語化がうまくいかないとき、職場で何が起きているのかを見ていきます。

「注意・指摘・指導」「失敗・ミス」――言葉の定義がズレると、萎縮とパワハラの両方が起きる

伝えると決めても、それだけでは届かないことがあります。同じ言葉を使っていても、上司と部下で思い浮かべている中身が違う場合です。ここでは、指導の場面でとくにズレやすい言葉を見ていきます。

「注意」「指摘」「指導」――同じ言葉で、違うものを思い浮かべている

冒頭の誤字の話を、もう一度思い出してみてください。上司からすれば、資料の誤りを伝えただけの「指摘」でした。ところが、受け取った新人にとっては、自分の仕事ぶりを「否定」されたように感じられたのかもしれません。どちらかが悪いというより、同じ出来事に、違う意味づけがされていたのだと思います。

「注意」「指摘」「指導」を、ふだん意識して使い分けている方は、それほど多くないかもしれません。ただ、注意や指摘、指導にあたる関わりは、職場で日常的に行われているコミュニケーションです。それなのに、上司と部下でその意味をすり合わせる機会は、ほとんどありません。この記事では、3つの言葉を次のように整理してみます。

言葉上司のつもり部下が受け取りやすい意味そろえたい意味
注意気づいて欲しい点を伝えた叱られた危険や誤りに、その場で気づいてもらうための短い声かけ
指摘事実を伝えただけ否定された、ダメ出しされたどこが、どう違うのかという事実を共有すること。人柄や能力の評価は含まない
指導育てるための関わり説教された、怒られた知識ややり方を教え、次にどう行動すればよいかを、相手と一緒に考えること

表の右端は、辞書の定義ではなく、指導する側が持っておきたい「自分なりの定義」の一例です。大切なのは、この3つを区別して使えているかどうかでしょう。たとえば誤字の場面であれば、必要なのは「指摘」です。「ここが違っていたので、直しておいてね」と事実だけを伝え、人柄や能力の評価は入りません。そのうえで、「指摘」と「否定」の違いを、上司と部下ですり合わせできていれば、指摘を受けた側が感じる重さは、ずいぶん変わるはずです。

「失敗」と「ミス」――区別がないと、挑戦が止まる

もうひとつ、ズレやすいのが「失敗」と「ミス」です。日常会話ではほとんど同じ意味で使われますが、職場では分けて考えた方が、指導がしやすくなります。

  • ミス:決められた手順や、すでにわかっていることを守れなかった結果。確認の仕組みや手順の見直しで、防ぐ対象
  • 失敗:新しいことや、やったことのないことに挑戦して、うまくいかなかった結果。振り返って、学ぶ対象

この2つが区別されていない職場では、新しい企画で思うような結果が出なかったことも、手順の抜け漏れと同じように「あってはならないこと」として扱われがちです。そうなれば、失敗を「恥ずかしいもの」「人に知られたくないもの」と捉えている人ほど、挑戦を避けるようになるでしょう。先ほど触れた「新しい企画に手を挙げられない」という若手の声は、こうした言葉のズレとも無関係ではないように思います。

反対に、上司が「これはミスだから、次は確認の手順を増やそう」「これは挑戦した結果の失敗だから、何がわかったかを話そう」と言い分けられれば、部下は、守るべきことと、挑戦してよいことの境目を掴めるようになります。

言葉がズレると、萎縮とパワハラの両方向に転ぶ

言葉の中身が曖昧なままだと、指導は2つの方向に崩れやすくなります。

1つは、萎縮する方向です。「指摘」と「否定」の区別がついていないと、上司は「誤りを伝えること自体が、相手を傷つけるのではないか」と考えます。そして、言わずにおく。これが、ここまで見てきたホワハラです。

もう1つは、パワハラの方向です。「指導」の中身が定まっていないと、「指導のためだから」という理由で、言い方や伝える場所を問わなくなることがあります。人前で強い口調で責めても、本人は「指導した」つもりでいる。そうしたすれ違いは、決して珍しくありません。

正反対に見えるこの2つは、どちらも「自分が今している指導が、どんな言葉で、何のために伝えるものなのか」が定まっていないところから生まれています。だからこそ、厳しさの加減を調整するよりも先に、言葉の中身を言語化することが、両方の防ぎ方になるのです。

指導とパワハラの境界線については、こちらの記事で詳しく整理しています。

研修しても『パワハラ』の訴えがなくならない理由|指導とパワハラの違いを解説
「指導しただけなのにパワハラと言われた」——善意の指導がグレーゾーンになる理由を、パワハラ3要件と具体例で解説。人ではなく行動を指摘するフィードバック4ステップまで、管理職がすぐ使える線引きの実務をまとめました。

ホワハラを防ぐ管理職の言語化――内省・受信・発信の3つの機能

言語化というと、わかりやすく話す技術を思い浮かべる方が多いかもしれません。ただ、言語化は話し方のうまさだけを指すものではないと、私は考えています。

私なりの定義をお伝えすると、言語化とは、目的と対象に合わせて、伝わるように表現することです。

たとえば、自分があとで思い出すためのメモであれば、走り書きで十分です。一方、同じことを伝えるにしても、新卒1年目の社員に話すときと、10年目のベテランに話すときとでは、選ぶ言葉も説明の細かさも変わるはずです。ときには、言葉や文章だけでなく、図や写真、イラストを使った方が伝わりやすいこともあるでしょう。目的と対象が変われば、ふさわしい表現も変わる。その表現を選び取るところまでを含めて、言語化と呼んでいます。

そのうえで、言語化には、自分の考えを言葉にする「内省」、相手の言葉を受け取って整理する「受信」、相手に伝わる言葉で届ける「発信」という、3つの機能があります。この3つに分けて考えると、管理職として何を鍛えればいいのかが見えやすくなります。

内省:それは、何のために伝えるのか

1つ目は、自分自身に向けた言語化です。具体的には、部下に何かを伝える前に、「なぜ、これを伝えるのか」を自分の言葉で説明できるかどうか、ということです。誤字の例でいえば、「お客様に出す資料の信頼を守るため」「本人が次から自分で気づけるようにするため」といった目的です。

目的が言葉になっていないと、伝えるかどうかの判断が、その場の空気や相手の表情に左右されやすくなります。部長の言葉をそのまま伝えていた課長が、問い返されて答えられなかったのも、この内省が抜けていたからでしょう。目的を自分の言葉で言えるとき、指導は「言うか、言わないか」ではなく、「どう伝えるか」の問題に変わります。

受信:部下の言葉を「事実・背景・要求」に分けて聞く

2つ目は、相手の言葉を受け取るときの言語化です。たとえば、面談で部下からこう打ち明けられたとします。

「最近、正直しんどいです。担当が増えてから、ずっと疲れが取れなくて。前の先輩が辞めてしまってから、ちょっとしたミスも増えている気がして……。このままだと続けられるかわかりません」

ここで「大丈夫、無理しないで」とだけ返すと、その場は落ち着いても、しばらくして同じ相談が繰り返されることになりがちです。受け取った言葉を、次の3つに分けて聞いてみましょう。

  • 事実:担当の量や体制は、実際にどう変わったのか
  • 背景:疲れだけの問題なのか。先輩がいなくなった不安や、ミスへの自信の低下はないか
  • 要求:業務の調整を望んでいるのか。まず話を聞いて欲しいのか。ミスについて相談したいのか

分けて聞くことで、部下自身も、自分が何に困っているのかを整理しやすくなります。必要なのが配慮なのか、指導なのかを見極めるのも、この受信の機能です。

発信:抽象的な言葉を、具体的な行動に置き換える

3つ目が、相手に伝えるときの言語化です。ここでつまずきやすいのが、抽象的な言葉のまま指示を出してしまうことです。「ちゃんとして」「丁寧に対応して」「ミスしないように」。言った側は伝えたつもりでも、受け取った側は、何をどう変えればいいのかがわかりません。

そこで役に立つのが、言葉の抽象度をはしごのように上り下りする考え方です。抽象的な言葉から一段ずつはしごを降りて、具体的な行動にたどり着くまで言い換えていきます。

「丁寧に対応して」という抽象的な言葉から、「目線を合わせて挨拶し、話を最後まで遮らずに聞く」という具体的な行動まで、抽象度のはしごを降りていく様子を示した図
抽象的な言葉は、具体的な行動まで降ろしてはじめて伝わる

たとえば、「丁寧に対応して」は、「目線を合わせて挨拶し、相手の話を最後まで遮らずに聞く」まで降ろせば、何をすればいいのかがはっきりします。降ろしきれたかどうかは、他の人が見て、できたかどうかを確かめられるかで判断できます。

特に気をつけたいのが、「ミスしないように」「黙っていないで」のような、否定の形の言葉です。これらは「しないこと」を示しているだけで、代わりに何をすればいいのかを示していません。「ミスしないように」であれば、「提出前に、金額と宛名の2か所を指で追って確認してから出して」のように、取って欲しい行動に置き換えます。つまり、して欲しくないことではなく、して欲しい行動を伝えるましょう。これだけで、指導は「責める言葉」から「次の一手を示す言葉」に変わります。

行動に着目して部下との関わりを見直す考え方は、こちらの記事でも詳しく紹介しています。

何度言っても部下が動かない本当の理由──応用行動分析(ABA)が示す、管理職に必要な「自己変革」
「何度言っても変わらない」と感じている管理職・人事担当者へ。応用行動分析(ABA)のABC理論をもとに、きっかけ・行動・みかえりの設計方法をわかりやすく解説。明日からできる具体的なフィードバック実践と、管理職自身の行動変容という視点を届けます。

明日からできること――「数年後の部下」から逆算して、伝える前に1行書き出す

ここまで、ホワハラの背景と、それを防ぐ言語化の3つの機能を見てきました。最後に、明日からすぐに試せることを2つお伝えします。

「数年後、どうなっていて欲しいか」から逆算する

1つ目は、先見化思考と呼ばれる考え方です。先々どうなるのかという未来を考え、そこから逆算して、今どう行動するかを決める、という論理的思考力の一つです。部下との関わりに当てはめると、「数年後、この部下にどうなっていて欲しいか」という目指す姿(ゴール)を先に描き、そこから今日の関わり方を決める、ということになります。

先ほど、「難しい仕事を任せないまま数年が経つと、ある日いきなり任される負担が大きくなる」という話をしました。今の配慮は、負担をなくしているのではなく、先に送っているだけかもしれない、と。先見化思考は、この「先送り」を防ぐための考え方でもあります。

たとえば、「3年後、後輩が入ってきたときに、難しい顧客対応を一人で任せられる状態でいて欲しい」と考えたとします。そこから逆算すると、今日すべきことは「難しい対応を避けさせること」ではなくなるはずです。まずは自分の対応に同席してもらい、終わったあとに「何を感じたか」を言葉にしてもらう。「あの場面、君ならどうする?」と問いかけて、自分で考える機会もつくる。次は、一部を任せて、自分は横で見守る。数年後の姿が言葉になっていれば、今日の配慮が、成長の機会を奪う配慮なのか、成長を支える配慮なのかを、自分で見分けられるようになります。

私が介護の現場で主任をしていたころ、新人の受け入れ方を見直したことがあります。出発点は、「新人に、この職場で長く続けて欲しい」という目指す姿でした。そこから逆算して、まず「ひとり立ちまで、絶対に一人にしない」と決めました。そして、それを前提に、育成の進め方や、指導担当がどう動くかを組み立てていったのです。未来から考えると、今日やるべきことが具体的に見えてくるのです。

伝える前に「何を・どんな行動を・なぜ」を1行で書く

2つ目は、部下に注意や指摘をするとき、何かを教えるときに、伝えたいことを先に1行で書き出してみることです。書くのは、次の3つだけです。

  • 何を:注意や指摘の対象となる言動
  • どうするか:替わりにとって欲しい具体的な言動
  • なぜ:その言動の根拠

誤字の場面であれば、「資料の金額欄に誤りがあった(何を)/提出前に、金額と宛名を指で追って確認する(どうするか)/金額と宛名の誤りはお客様の信頼に直結し、指で追うと見落としが減るから(なぜ)」となります。

ポイントは「なぜ」です。行動だけを伝えると、部下にとっては「言われたからやる」決まりごとになりがちです。その行動が必要な根拠まで伝われば、似た場面に出会ったとき、部下が自分で判断できるようになります。先ほどの目指す姿(ゴール)とあわせて、「この確認の習慣は、数年後にお客様を任されるときの土台になる」と添えられれば、なおよいでしょう。

書き出すのは、メモ帳の端でも、スマートフォンでもかまいません。1行にまとめようとすると、内容が曖昧なところや、行動に降ろしきれていないところ、根拠を説明できないところが、自然と浮かび上がってきます。1行で書けることは、相手にも1回で伝わりやすく言語化できているということです。まずは1週間、部下に何かを伝える前に、この1行を書く習慣から始めてみましょう。

自分の中の定義ができたら、次はチームで言葉をそろえる

この記事では、管理職が自分の中で言葉の定義を持つことに焦点を当ててきました。ただ、職場の言葉のズレは、上司と部下の一対一だけで起きるものではありません。とくに、ハラスメント防止とあわせて語られることの多い「心理的安全性」の「安全」という言葉は、人によって受け取り方が大きく異なります。チームで言葉をそろえていく方法については、あらためて別の記事でお話しする予定です。

まとめ――ホワハラを防ぐのは、優しさの加減ではなく、指導の言葉

ホワイトハラスメントは、相手を気遣うあまり、必要な指導が言葉にならないまま止まってしまう状態です。最後に、この記事のポイントを振り返ります。

  • ホワハラの意味は「やりすぎた配慮」と「やらなかった指導」の2つに割れているが、どちらも、伝えるべきことが相手に届いていない点で共通している
  • 適正な指導は、パワハラには該当しない。叱れない上司が増えている背景には、働き方改革・売り手市場・ハラスメント意識の高まり・AIの進化という環境の変化がある
  • 根っこにあるのは、管理職の役割の取り違え。部下の成長に責任を持つことが役割であれば、指導を控えることは、役割の一部を手放すことになる
  • 「注意・指摘・指導」「失敗・ミス」の定義がズレていると、指導は萎縮とパワハラの両方向に崩れやすい
  • 言語化の3つの機能(内省・受信・発信)を鍛え、数年後の目指す姿から逆算して、伝える前に「何を・どんな行動を・なぜ」を1行で書いてみる

厳しくするか、優しくするか。その二択で悩み続けるより、伝えたいことを言葉にする方が、上司にとっても部下にとっても、ずっと前に進みやすいはずです。

「優しさ」と心理的安全性の関係については、こちらの記事もあわせてご覧ください。

チームから意見が出ないのは「優しさ」のせいかもしれない─心理的安全性の本質と職場での作り方
リプション「何か意見は?」と聞いても沈黙が続く職場には理由があります。心理的安全性の正しい定義・4つの因子・変革の3段階を解説し、管理職が明日から実践できる行動スキルをお伝えします。

「部下に何をどう伝えればいいのか、管理職が迷っている」「ハラスメントを恐れて、必要な指導ができていない気がする」。そんな状況に心当たりがあれば、一度ご相談ください。新任管理職研修やハラスメント防止研修の中で、指導の言葉を言語化する演習を、実際の職場の場面を使って体験していただくこともできます。現場の状況にあわせて、何から始めるのがいいか、一緒に考えます。

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