なぜ優秀な社員は辞めるのか|離職の理由と、明日から使える質問リスト

優秀な社員が周りに気づかれず静かにオフィスを去っていくフラットイラスト。記事タイトル「なぜ、優秀な社員は静かに辞めるのか」 人材定着

「まさか、あの人が」。成果を出し、後輩からも頼られていた中核人材が、ある日、「お話があります」と切り出してきた。理由を尋ねても、「一身上の都合で」としか返ってこなかった。慌てて給与や役職を持ち出しても、その気持ちはもう、静かに離れたあとだった――。そんな経験は、ないでしょうか。

ここでいう中核人材とは、職種を問わず「辞められると本当に困る人」のことです。営業なら安定して数字をつくる人、事務なら仕事が速く正確で頼られる人、職場なら全体を見て支えている中堅。会社によって、呼び方は様々でしょう。

こうした人ほど、退職は「突然」に映ります。しかし実際には、退職を申し出る何か月も前から、本人の中では“満たされない思い”が静かに積み重なっていることがほとんどです。逆に言えば、そこに気づいて手を打てれば、中核人材の離職はかなりの確率で防げます。しかも、そのカギは、動かしにくい給与や役職ではなく、日々の関わり方の中にあります。

そして、この記事にはもう一つ前提があります。中核人材ほど、「成長したい」という思いを強く持っている、ということです。だからこそ、待遇だけでは動きません。

介護現場で8年間働き、その後は全国で350回を超える研修に登壇しながら、介護から一般企業まで数多くの職場を見てきました。その中で確信しているのは、「優秀な人ほど、正論や待遇では動かない」ということです。この記事では、なぜ中核人材が辞めるのか、そして待遇に頼らずに管理職が明日からできることを、できるだけ具体的な行動のレベルまで掘り下げていきます。記事の最後には、明日の面談からそのまま使える質問リストもまとめています。

退職は突然に見えても、水面下では「提案の手応えのなさ」「認められない実感」「成長の見通しのなさ」「静かな転職活動」が積み重なっていることを示す氷山の図
見えている退職は一部。水面下で満たされない思いが積み重なっている

なぜ「まさか」は起きるのか――中核人材の退職は突然ではない

上司にとっては青天の霹靂でも、辞めた本人にとっては「ずいぶん考えた末の結論」だった。中核人材の退職では、この認識のズレがよく起こります。では、その“ズレ”は、どこから生まれるのでしょうか。

ここに、ある中核人材がいます。仮に、従業員Aさんとしましょう。Aさんは成果を出し、職場をよく見て、「こうすればもっと良くなる」と、自分なりの根拠を持って改善提案を重ねていました。ところが、返ってくるのは「今は人がいないから」「それより先に、こっちをやってほしい」という言葉ばかり。その理由も曖昧で、なぜ見送られるのかが腑に落ちません。そして、ある日、Aさんは上司に退職を申し出ます。実は、とうに静かに次の職場を探し始めていて、内定が出たところでした。

このAさんが本当に満たされなかったのは、提案が通らないこと“そのもの”ではありませんでした。提案という行動に、手応えがまるで返ってこないこと。そして、ここにいても自分が力を発揮する場も、成長の見通しも用意されないと感じたことでした。

これは特別な例ではありません。中核人材が辞めるとき、その多くは去り際まで退職の素振りを見せません。だからこそ、上司には「突然」に見えるのですが、本人の中では長い時間をかけて答えが出ていた、というわけです。

退職する意向が見えにくいのは、その前兆が「静かに」表れるからです。つまり、「発言しなくなった」「反論してこなくなった」といった、観察しづらい“行動の減少”として表れることが多いのです。人は、去ると決めた後に、わざわざ波風を立てません。むしろ、気づきやすいのは“増えた言動”でしょう。当たり障りのない相槌や、「大丈夫です」という返事が増える。以前は自分から手を挙げていた人が、こちらの指示を確認してから動くようになる。こうした小さな変化は、その気持ちがこの職場から離れ始めたサインかもしれません。

もちろん、変化に気づくだけでは、離職は止まりません。大事なのは、中核人材が冷めてしまう構造を正しく掴み、的を射たアプローチをすることです。ところが、その手前で、多くの職場が「思い込み」につまずきます。この思い込みがあると、原因を人や状況のせいにする“他責”に陥り、構造を掴もうとも、打ち手を考えようともしにくくなります。だからまず、代表的な4つの誤解を解いておきましょう。

4つの誤解が、中核人材を取り逃がす

中核人材の離職を止められない職場には、共通する「思い込み」があります。しかも、どれも一見もっともらしい。だからこそ、厄介なのです。ここでは、研修でよく聞く4つの誤解を、一つずつ崩していきましょう。

◆中核人材の離職を招く4つの誤解

誤解現場の本音実際は
待遇を上げれば残る給料や手当を上げれば引き止められる待遇は改善できるに越したことはないが、中核人材は一定満たされており、それだけでは動きにくい
上昇志向だから仕方ない優秀な人はどうせ上を目指す多くは「認められず、成長も見通せない」から去る。原因は環境と仕組みの側にある
上のポストが空かないから仕方ない昇進枠がないので流出は当然求めているのは肩書きより裁量・任される実感。任せ方は変えられる
人材不足で新しい取り組みは難しい人が足りず提案に応える余裕がない提案の握り潰しが最も強く離職を後押しし、悪循環を生む

誤解1「待遇を上げれば残る」

はじめにお断りしておくと、待遇の改善そのものは、大切なことです。足りない部分に手を当てられるなら、そして必要があるなら、改善するに越したことはありません。ただ、中核人材に限って言えば、話は少し変わります。彼らの多くは、生存に関わる欲求(給与や労働条件)は、すでに一定は満たされていることが多いものです。満たされているものをさらに足しても、気持ちは大きくは動きません。彼らが満たされないのは、もっと別の欲求――のちほど触れる「認められること」や「成長できること」のほうにあります。

実際、待遇が下がってでも転職していく人がいます。任される範囲が広がる、裁量が与えられる、自分のやりたい仕事ができる。そのような理由で、給与よりもそちらを選ぶのです。もちろん、より良い待遇を求めて動く中核人材もいます。ただ、待遇が響きにくい人が少なくない、ということです。

そして、介護をはじめとする社会保険サービスの現場では、報酬が公定価格(介護報酬など)で決まっており、事業所の裁量で待遇を大きく引き上げること自体が難しい、という事情もあります。つまり、「待遇で引き止める」という発想は、多くの職場で最初から手詰まりになりやすいのです。だからこそ、待遇以外のカードを持てるかどうかが、中核人材の定着を分けます。

誤解2「辞めるのは本人の上昇志向だから仕方ない」

あの人は優秀だから、どうせもっと上を目指して出ていく。こちらにできることはない――。これは、離職の原因を本人の性格に押し付けてしまう見方です。もちろん、前向きな転職もあるでしょう。しかし、成長ややりがいに重きを置く中核人材が去るのは、「上を目指して」というより、「今いる場所で認められず、成長も見通せないから」であることが多いものです。原因を本人ではなく、職場の環境と仕組みの側に置き直してみると、打てる手は一気に増えます。人は、環境と仕組みで育ちもすれば、離れもするのです。

誤解3「大手のように上のポストが空かないから仕方ない」

小さな事業所では、昇進ポストに限りがある。だから優秀な人が流出するのは当然だ――。ポストは、たしかに用意しにくいカードです。しかし、中核人材が求めているのは、肩書きそのものよりも「裁量」や「任される実感」、「成長の手応え」であることが少なくありません。ポストがなくても、任せる仕事の中身や、意思決定への関わらせ方は変えられます。ポスト不足を言い訳にした瞬間、変えられるはずの部分についてまで、考えることをやめてしまう。いわば、思考停止に陥ってしまうのです。

誤解4「人材不足で新しい取り組みは難しい」

人が足りないのだから、新しい提案に手を出す余裕はない。まずは今を支えることが先だ――。実は、これが中核人材の離職を最も強く後押しする誤解です。「人がいないから」と提案を見送り続けると、いちばん意欲的に動ける人から、力を発揮する場を奪ってしまいます。その結果、中核人材が辞め、さらに人手が減り、ますます新しいことができなくなる。従業員Aさんのケースも、まさにこの「人がいないから」で提案が見送られ続けた例でした。この悪循環の入り口が、「人材不足だから仕方ない」という一言なのです。

これら4つに共通するのは、待遇や人手といった“外側の条件”のせいにして、日々の関わりという“変えられる部分”から目をそらしてしまう点です。では、中核人材が本当に満たされたいと感じているものは、何なのでしょうか。次の章で、データとともに整理していきます。

中核人材が本当に求めているもの――待遇だけでは動かない

待遇だけでは止まらないのなら、中核人材は何を求めているのでしょうか。ここは感覚ではなく、整理された枠組みと、全国のデータで見ていきましょう。

ERG理論の生存・関係・成長の3欲求と公欲を並列に並べ、中核人材では生存欲求は満たされ、関係・成長・公欲が満たされにくいことを示す図
4つの欲求は並列。中核人材で満たされにくいのは関係・成長・公欲

人の欲求を整理した考え方に、アメリカの心理学者クレイトン・アルダーファーが提唱した「ERG理論」があります。人の欲求を、生存欲求(Existence=給与や労働環境)、関係欲求(Relatedness=人に認められ、良い関係の中で働きたい)、成長欲求(Growth=成長し、力を発揮したい)の3つに分けた考え方です。よく知られるマズローの欲求段階説が、欲求を一段ずつ上っていく階層として描いたのに対し、ERG理論では、この3つは上下の関係ではなく、並び立つものとして捉えます。人は複数の欲求を、同時に、行き来しながら求めるという考え方です。さらに、藤田耕司氏は著書『離職防止の教科書』(東洋経済新報社)の中で、この3つに「公欲」――仕事のやりがいや社会的な意義を求める気持ち――を加えて整理しています。

中核人材の離職を読み解くと、満たされていないのは、多くの場合、給与や労働環境(生存欲求)ではありません。認められることや成長(関係欲求・成長欲求)、そして公欲のほうです。給与や労働環境は、すでに一定は満たされている。だからこそ、待遇へのアプローチだけでは、気持ちは戻りにくいのです。もっとも、人の欲求は、どれか一つだけということは稀です。複数の欲求が絡み合い、その比率や重さが、人によって違う。この点は、あとの章でもう一度触れます。

この傾向は、全国のデータからも見えてきます。下の図は、厚生労働省『令和7年 雇用動向調査』で、転職した人が前の職場を辞めた理由を男女別に見たものです。男女とも給与は上位の項目ですが、人間関係や労働条件、会社の将来への不安といった”給与以外”の理由を合わせると、給与を大きく上回ります。人は、お金だけで辞めるわけではないのです。

厚生労働省「令和7年 雇用動向調査」による、転職者が前職を辞めた理由の男女別グラフ。男性は「給料等収入が少なかった」9.9%、「職場の人間関係」8.9%、「労働時間・休日等の労働条件」8.5%、「会社の将来が不安」6.9%、「能力・個性・資格を生かせなかった」5.2%、「仕事の内容に興味を持てなかった」5.2%。女性は「労働時間・休日等」12.9%、「職場の人間関係」11.5%、「給料等収入」8.6%。給与以外の理由を合わせると給与を上回ることを示す。
転職者が前職を辞めた理由(男女別)。給与は上位でも、人間関係・労働条件・将来不安などを合わせると給与を上回る。出典:厚生労働省「令和7年 雇用動向調査」

そして、中核人材の場合は、この傾向がより強く出ます。給与や労働条件がすでに一定は満たされているぶん、決め手は「会社の将来に納得できるか」「自分の力を生かせているか」へと移っていきます。力があるからこそ、認められない場所や、進む方向に納得できない場所には、長く留まらないのです。

従業員Aさんを思い出してみてください。提案が「人がいないから」と見送られ続けたAさんが満たされなかったのは、給与ではありませんでした。自分の考えで職場を良くしたいということと、それを認められたいという思いです。ただし、この「成長したい」の中身は、人によって大きく違います。ここを取り違えると、良かれと思った関わりが空回りします。次の章では、まず、その人が“何を”伸ばしたいのかを見極めるところから始めましょう。

「成長したい」の中身は、人それぞれ――まず“何を伸ばしたいのか”を見極める

前の章で、中核人材の気持ちが離れる背景には、待遇では満たされない欲求があると見てきました。多くの場合、それは成長欲求や、その先の公欲――「何のために働くのか」です。ただし、どれか一つだけ、ということは稀です。複数の欲求が絡み合い、その比率や重さが、人によって違う。だからこそ、まず「その人は、何を、どれくらい求めているのか」を見極める必要があります。ここを取り違えると、良かれと思った関わりが、逆効果にすらなり得ます。

「成長したい」の中身がスキル獲得・成果・承認・可能性への挑戦・自由と持ち味の5つに分かれ、その根に「何のために(目的・意義)」があることを示す図
「成長したい」の中身は人それぞれ。根には「何のために」がある

「成長したい」の中身を、少し分けてみましょう。たとえば、新しいスキルや知識を身につけたい人。もっと成果を出したい、結果で示したい人。周囲から認められたい、頼られたい人。自分の可能性を広げ、まだやったことのない仕事に挑みたい人。あるいは、自分の持ち味を活かして、自由にやりたい人。どれも「成長欲求」ですが、求めているものは同じではありません。

だからこそ、効く一手も変わります。「認められたい」人には、承認の言葉が響きます。しかし、「自由にやりたい」人に細かく声をかけ続ければ、かえって煩わしく感じさせてしまう。逆に、「認められたい」人を放っておけば、物足りなさが残ります。同じ「辞めそうな中核人材」でも、ある人に効いた関わりが、別の人には響かない。これが、現場で打ち手がすれ違う理由です。

そして、その中身の、もう一段深いところに「何のために」があります。スキルを得たいのは、何のためか。成果を上げたいのは、何のためか。ここは、人によって本当に様々です。いつか上の役職に就いて、より大きな裁量で仕事がしたい。取引先や顧客の成長を、自分の手で支えたい。将来、家業を継ぐ日のために力をつけておきたい。あるいは、単純に、その分野がおもしろいから。目的が違えば、響く関わりも変わります。この「何のために」まで見えてくると、打ち手の精度は一段上がります。

では、どう見極めればよいのでしょうか。大げさな仕組みは要りません。手がかりは、日々の中にあります。その人が、どんなときに生き生きしているか。どんな話題で前のめりになるか。どんな仕事を「またやりたい」と口にするか。そのうえで、1on1のような、落ち着いて話せる場で、「これから、どうなっていきたい?」「どんな仕事だと、力が出る?」と、率直に尋ねてみることです。ただし、本音をすぐには話してくれない人もいます。それは、心を閉ざしているというより、安心して話せる土台――心理的安全性――が、まだ整っていないサインかもしれません(関連記事:職場の心理的安全性が高まらない本当の理由)。まずは、その土台づくりから。そういう順番も、十分にあり得ます。

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もう一度、従業員Aさんを思い出してみましょう。Aさんが本当に欲しかったのは、給与ではありませんでした。自分の考えで職場を良くしたいということと、それを認められたいという思いです。もし上司が、そこまで見極められていたら。たとえ提案をすぐには実現できなくても、打てる手はいくつもあったはずです。

中身が見えたら、次は、それに合わせて応える番です。承認、裁量、学びの機会、そして仕事の意味づけ。どう使い分けるのかを、次の章で具体的に見ていきましょう。

見極めたら、中身に合わせて応える――承認・裁量・学び・意味づけの使い分け

その人が何を求めているのかが見えてきたら、次は、それに合わせて応える番です。ここで大切なのは、全員に同じ関わりをしないこと。求めているものが違えば、効く一手も違うからです。

具体的な打ち手に入る前に、四つすべてに共通する、大事な原則を一つ挙げておきます。「聞く」ことと、「聞き入れる(=要望を実現させる)」ことは、別だということです。中核人材への関わりでは、「そこまで聞いていたらキリがない」という不安がつきまといます。しかし、多くの場合、相手が求めているのは、要望が必ず通ることではありません。自分の考えや思いを、まず受け止めてもらえることです。この区別は、このあとの承認でも、仕事の任せ方でも、学びの提供でも、意味づけでも、根底にあるとお考えください。

◆求めているもの別・効く打ち手とやりがちな失敗

求めているもの効く打ち手やりがちな失敗
認められたい事実にもとづく承認、提案そのものへの感謝、断る時は理由を丁寧に「否定しない」だけで承認したつもりになる
自由にやりたい・持ち味を活かしたい方向とゴールを共有して任せる、節目でレビュー細かく口を出す/逆に野放しにする
スキル・成果を伸ばしたい学びや挑戦の機会、少し背伸びする仕事本人が望まない挑戦を押しつける
何のために(意義)今の仕事と本人の目的を結びつけて意味づけ、見通しを示す「いいから」で片づける/守れない約束をする

一つ目|「認められたい」人への承認

よくある落とし穴は、「否定しない」「好きにやらせる」といった“何かをしないこと”を、承認だと思ってしまうことです。これらでは、相手に「認められた」という実感は残りません。承認は、こちらから具体的な言動で届けて、はじめて伝わります。「昨日のあの対応、〇〇のところがよかった」と、事実にもとづいて伝える。提案には、採否とは別に、「よく考えてくれましたね」と、出してくれたこと自体へ感謝を返す。様々な事情で、提案を受け入れられないこともあるでしょう。そのときこそ、大事な場面です。受け入れられない理由を、本人が納得できるように、丁寧に伝えます。この誠実な向き合い方そのものが、相手に「認められている」と感じさせるのです。逆に、「いいから言うことを聞いて」「前例がないから無理」と、それだけで片づけてしまえば、認められている実感は残りません。

二つ目|「自由にやりたい」人への裁量

「自由にやりたい」「持ち味を活かしたい」人には、こまめな声かけよりも、任せることが効きます。ただし、一つ注意があります。自由にやらせることと、野放しにすることは、違います。任せるときこそ、管理職は、進む方向をはじめに示し、途中の節目でレビューをする。方向とゴールを共有したうえで、やり方は本人に委ねる。これが、力を削がずに任せる、ということです。

三つ目|「伸ばしたい」人への学びと挑戦の機会

「伸ばしたい」「もっと成果を出したい」人には、学びと挑戦の機会を。新しい役割を任せる。少し背伸びする仕事を渡す。ただし、ここにも落とし穴があります。本人が望んでいないのに、「成長のためだから」と押しつけてしまうと、かえって離職の引き金になりかねません。まずは、本人がそれを望んでいるかを確かめましょう。そのうえで、望んでいなくても任せる必要があるなら、「これは、あなたのこういう力になる」と、本人が「自分の役に立つ」と納得できるまで、言葉を尽くすことです。

四つ目|「何のために」への意味づけ

そして、ここがこの記事でいちばんお伝えしたい部分でもあります。中核人材が望む仕事を、今のポジションや部署で、そのまま任せられるとは限りません。すぐに異動させることも、簡単ではないでしょう。だからこそ、管理職には「翻訳する力」が求められます。「今やっているこの仕事は、あなたが目指すあの方向に、こう繋がっている」。そう、本人の望みと目の前の仕事を、結びつけて語れるかどうか。ここで差がつきます。

では、今すぐ結びつけられる仕事すらないときは、どうすればよいのでしょうか。その場合は、「将来、こういう形になったら、こんな仕事を任せたい」と、先の見通しを示すのも一つの手です。ただし、示した以上、その約束は必ず守りましょう。守れない見通しを口にすれば、それは期待ではなく、不信に変わります。「会社の将来が不安だ」という、あの離職理由そのものを、自ら生み出してしまうのです。

従業員Aさんのケースを、もう一度思い出してみましょう。提案が「今は人がいないから」で終わっていた、あの場面です。もし、こう返せていたら、どうだったでしょうか。まず、「よく考えてくれましたね」と、提案そのものを受け止める。次に、「今のこの仕事は、あなたがやりたい“職場を良くすること”に、こう繋がっている」と意味づける。そして、「今すぐは動かせないが、半年後にはこの形で任せたい」と見通しを示し、その約束を守る。提案が通るか通らないか、その一点だけでは、人の気持ちは繋ぎとめられません。けれど、こうした関わりがあれば、Aさんの受け取り方は、まるで違っていたはずです。

中身に合わせた関わりが見えてきたら、最後は、それを明日から使える形に落とし込みましょう。

明日からできる――中核人材の本音を引き出す「質問と声かけ」

中核人材の定着の3ステップを示す図。STEP1見極める、STEP2中身に合わせて応える、STEP3続けるを左から右への流れで表す
見極める→応える→続ける。この順番が近道になる

中核人材の定着に、「これをやれば絶対に辞めない」という魔法の杖はありません。人の気持ちは、それほど単純ではないからです。それでも、明日から試せる、具体的な一手はあります。

ここまでの流れを、整理しておきましょう。

  • 中核人材の退職は、突然に見えて、実は承認と成長の場が満たされないまま積み重なった結果であることが多い。
  • 引き止めるカギは、動かしにくい待遇ではなく、日々の関わりの中にある。
  • まず「その人が何を求めているか」を見極め、そのうえで中身に合わせて応える(承認・裁量・学び・意味づけ)。

この順番が、遠回りのようでいて、いちばんの近道になります。とはいえ、「何を求めているのか、どう聞けばいいのか」と迷う方も多いでしょう。そこで、明日からそのまま使える質問と声かけを、まとめておきます。かしこまった面談でなくても、1on1のような場や、日々の会話の中で、少しずつ使ってみてください。

見極める――何を伸ばしたいのか

  • 最近の仕事で、いちばん手応えを感じたのはどれですか。それは、なぜですか。
  • どんな仕事のとき、時間を忘れて没頭できますか。それは、なぜだと思いますか。
  • これから、どんな力をつけていきたいですか。
  • 数年後、どんな役割や働き方になっていたいですか。

深掘りする――何のために

  • それができるようになったら、何が変わりそうですか。
  • 誰に、どんなふうに役立ちたいですか。
  • 今の仕事で、「これは自分の将来に繋がる」と感じる部分はありますか。
  • その力を伸ばしていったとして、3年後、どうなっていると思いますか。

受け止める・意味づける――声かけの例

  • 提案に対して:「よく考えてくれましたね。今すぐは難しいけれど、ここは活かせそうです」
  • すぐに実現できないとき:「今できない理由はこうです。今は、ここまでならできます」
  • 意味づけ:「この仕事は、あなたが話していた〇〇に、こう繋がっています」
  • 見通しを示すとき:「半年後、こうなったら、これを任せたいと思っています」。そして、示した以上、その約束は必ず守りましょう。

こうした質問には、もう一つの効果があります。本人の本音を引き出すだけでなく、本人自身も気づいていなかったことに、「気づき」を与えることです。質問の質が、そのままマネジメントの質を左右する、と言ってもよいでしょう。

一つだけ、注意があります。こうして尋ねても、すぐには答えが出てこない人もいます。そのようなときは、無理に引き出そうとせず、一緒に考えるくらいの構えで十分です。問い詰めれば、本人すら本当は望んでいない、大きすぎる望みを口にさせてしまうこともあります。それが叶わなければ、かえって信頼を損なうことになりかねません。

最後に、従業員Aさんのことを、もう一度思い出してみてください。提案が「今は人がいないから」で片づけられ、静かに去っていった中核人材です。もし、たった一つでも――「よく考えてくれましたね」の一言があったら。「その提案は、あなたのこの先にこう繋がる」と、結びつけて語る人がいたら。あの退職は、防げたのかもしれません。中核人材の離職は、本人のせいでも、待遇の限界でもありません。日々の、小さな関わりで動かせます。人は、環境と仕組みで育つのですから。

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そして、「自社の管理職に、こうした関わりを身につけてほしい」と感じた方は、企業研修や、中核人材の定着に特化したプログラムのご相談も承っています。まずはお気軽にお問い合わせください。

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