辞めたくない職場の作り方|管理職が一人で抱えないための思考法

「辞めたくない職場は、一人でつくらない」をテーマにしたアイキャッチ。数人が協力して職場づくりのブロックを積み上げるイラスト 人材定着

「また一人、辞めてしまった」。その報告を受けるたびに、ご自身の関わり方を責めていませんか。

離職を防ごうと、待遇の見直しをかけ合い、面談を増やし、職場の空気にも気を配ってきた。それでも人は辞めていく。手ごたえのある月もあれば、何をしても空回りに感じる月もある。正直、しんどいですよね。

管理職の関わりや工夫で、変えられることはたくさんあります。ただ、相手があってのこと。これをやれば必ず定着する、という魔法の杖はありません。だからこそ試行錯誤が大切なのですが、それを一人で背負い続けると、今度はご自身がすり減ってしまいます。

そこで今回は、少し違う角度から離職防止を考えてみます。鍵は、管理職が一人で考えて実行するのではなく、部下も巻き込みながら、一緒によりよい職場をつくっていくことです。そのための考え方と、巻き込みながら進める方法をお話しします。私自身、現場のリーダーから管理職まで経験し、同じように試行錯誤を繰り返してきた一人として、お届けします。

頑張る管理職ほど、なぜ消耗してしまうのか

現役管理職の84.8%が業務でストレスを感じ、41.7%がストレスで離職・転職を検討していることを示す横棒グラフ
現役管理職500名の実態。支える側の管理職自身が、静かにすり減っている。(出典:ティーペック2025年/JMAM 2023年)

現場を良くしようと動くほど、部下の目にはこう映ります。「管理職って、大変そうだな」。よかれと思っての頑張りが、「あんなに大変なら、出世したくない」という空気に変わり、後を継ぎたい人が出てこない。心当たりのある方は、少なくないのではないでしょうか。後ほど詳しく触れますが、私自身もそうでした。

これは、感覚の話だけではありません。現役の管理職500名に尋ねた調査では、業務でストレスを感じている人が84.8%。そのうち、およそ半数が孤独を感じ、63.4%は「会社の支援を感じない」と答えています。さらに、41.7%がストレスをきっかけに離職・転職を考えたことがある、という結果でした。

出典:ティーペック株式会社「管理職の意識調査」(2025年11月、全国の20〜50代管理職500名)https://t-pec.jp/work-work/article/529

辞めていくのは、若手だけではないということです。支える側の管理職自身が、静かにすり減っていることが伺えます。

背景の一つには、板挟みの構造があります。働き方改革で部下に残業は頼みにくい。けれど成果は変わらず求められ、業務量が減るとも限りません。そのしわ寄せは、どこへ向かうでしょうか。多くの場合、残業規制が少ない(比較的弱い)管理職です。一方で、部下への注意や指導、業務指示はハラスメントと受け取られるリスクがあり、遠慮すれば「ここでは成長できない」と離れていくこともあります。同じ調査でも、ストレスの原因の上位は「部下のマネジメント」「業務量の多さ」「上層部と部下の板挟み」でした。管理職経験者として非常に不本意ですが、巷で「管理職は罰ゲーム」と揶揄されるゆえんです。

その空気は、次の世代にも伝わります。一般従業員に聞いた別の調査では、77.3%が「管理職になりたくない」と回答しました。理由の一位は「自分は管理職に向いていないから」です。これは、「今の若い人は上昇志向が弱い」「ゆとりやさとり世代だから」と思う方もいるでしょうか。ただ、その背景には、日々すり減っている上司の姿があるのかもしれないことは、否定できないはずです。

出典:日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)「管理職の実態に関する調査」(2023年4月、一般従業員1,116名)https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0095-kanrishokuchousa.html

ここで立ち止まって考えたいのは、「もっと頑張れば解決するのか」という問いです。すでに手は尽くしている。時間も気力も注いでいる。それでも足りないとしたら、足りないのは頑張りの量ではなく、頑張り方なのかもしれません。

「よかれ」の実行を、一人で背負っていないか

まず、人はどのような理由で辞めていくのでしょうか。厚生労働省の令和6年「雇用動向調査」で、前の職場を辞めた理由(個人的な理由)を見ると、上位に並ぶのは「労働時間・休日などの労働条件」「職場の人間関係」「給料などの収入」です。男女で順番は前後しますが、この三つが軸になる点は変わりません。

順位男性女性
1位給料などの収入 10.1%労働時間・休日などの労働条件 12.8%
2位職場の人間関係 9.0%職場の人間関係 11.7%
3位労働時間・休日などの労働条件 8.6%給料などの収入 8.3%

「その他の個人的理由」「定年・契約期間の満了」を除く/出典:厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/25-2/index.html

このうち、給料や休日の制度は、会社の仕組みで決まる部分が大きく、管理職の一存では動かせません。一方で、人間関係や職場の雰囲気は、日々の関わりで変えていける領域です。だから多くの管理職は、ここに力を注ぎます。声かけを増やし、面談の場を設け、話しやすい空気をつくろうと、配慮を見せ、仕掛けをつくり、仕組みを整え、機会を増やしていく…。

実は、皮肉にもここに落とし穴があるのです。こうした雰囲気づくりを、管理職が一人で考え、周知、実行、フォローまですると、じわじわと管理職自身がすり減っていくリスクが高いのです。しかも、そうして頑張る姿を見て、「管理職は大変そうだからなりたくない」という気持ちを募らせる部下がいるのです。もちろん、頑張る管理職の姿に感銘を受けて、協力を申し出る部下も少なくないでしょう。

ただ、相手があってのことです。同じ声かけでも、響く人もいれば、響かない人もいます。これをやれば必ず定着する、という確実な正解はありません。だからこそ試行錯誤が求められるのですが、それを一人で続けるのは、思っている以上に消耗するはずです。

ここで、見方を変えてみましょう。職場をよくする取り組みは、管理職が「与える」ものでしょうか。それとも、そこで働く一人ひとりと「一緒につくる」ものでしょうか。一人で抱える前提から、部下も巻き込む前提へ切り替えるだけで、負担も、効き方も、変わってきます。

研修でよく聞くのは、「よかれと思って場を用意したのに、しらけて終わった」という声です。多くの場合、足りなかったのは工夫ではなく、部下がその場を「自分ごと」として受け取れる関わり方のほうでした。

では、部下と一緒に職場を見るとき、何を手がかりにすればいいのでしょうか。そのことを探るために、続いては人が職場に居続けたくなる理由を、4つの欲求で整理してみます。

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人が職場に居続けたくなる、4つの欲求

人はなぜ、その職場に居続けたいと思うのでしょうか。裏を返せば、何が満たされないと、去っていくのでしょうか。ここを整理する物差しとして、私は4つの欲求を使っています。生存・関係・成長・貢献の4つです。

土台にあるのは、アルダーファーが提唱したERG理論です。人の欲求を「生存(Existence)」「関係(Relatedness)」「成長(Growth)」の3つで捉える考え方(C.アルダーファー、1969年)に、もう一つ「貢献」を加えています。誰かの、社会の役に立ちたいという気持ちです。この「貢献」は、藤田耕司氏の考え方を参考にしています。

参考:藤田耕司『離職防止の教科書』(東洋経済新報社、2024年)

4つの欲求を、職場の言葉で言い換えてみます。

  • 生存欲求:安心して働き続けられる土台。給料や休みはもちろん、心身の負担が重すぎないこと、無理のない業務量であること。
  • 関係欲求:安心して言葉を交わせる相手がいること。役職や年次に関係なく、聞き返せる、頼れる、認め合える状態。
  • 成長欲求:昨日より少しできるようになる手ごたえ。任される、反応が返ってくる、次の見通しが持てる。
  • 貢献欲求:自分の仕事が、誰かの役に立っている実感。顧客の変化や、「やっていてよかった」と思える瞬間。

先ほどの退職理由と重ねてみましょう。

  • 労働条件、収入:生存欲求
  • 人間関係:関係欲求

つまり、人が言葉にする不満の多くは、生存と関係に集まっています。一方で、成長と貢献は、不満として言葉になりにくい欲求です。「ここでは成長できない」「自分の仕事に意味を感じない」。こうした思いは、退職届の理由欄には書かれません。けれど、静かに人を職場から遠ざけます。データに表れる理由、つまり生存と関係だけを追いかけていると、成長と貢献が枯れていることを見落としてしまうことがあります。ここが、見立ての難しいところでしょう。

もう一つ、頭に置いておきたいことがあります。一つの場面が、複数の欲求に同時に関わることがある、という点です。たとえば、新人を初日から一人で業務を任せる。これは、相談できる相手がいないという意味で関係欲求に関わり、いきなり過大な負担という意味で生存欲求にも関わります。一つの手を打てば、二つの欲求が同時に動くこともあるのです。そして、どの欲求を重く見るかは、人によって違います。安定した働き方を何より大切にする人もいれば、成長の手ごたえを求める人もいます。同じ職場でも、効果的な打ち手は、一人ひとり少しずつ違うのです。

ちなみに、この4つの名前を、そのまま部下に伝える必要はありません。「うちは関係欲求が足りなくて」と会議で語り出しても、多くの場合、うまく伝わらないでしょう。この枠組みは、管理職であるご自身が、頭の中で現状を整理するための物差しです。部下と分かち合うのは、名前ではなく、もっと具体的な「中身」です。それは次の章でお話しします。

生存・関係・成長・貢献の4つの欲求と、対応する退職理由を示した図。土台はERG理論+貢献欲求
人が職場に「居続けたい」と感じる4つの欲求。退職理由は、どの欲求の不足かで整理できる。

では、この4つを、部下と一緒に見られる「共通の物差し」にするには、どうすればいいのでしょうか。鍵は、できているかどうかが誰の目にもわかる、具体的な基準に落とすことです。

「良い職場」を、全員が同じ基準で見る

前章で、4つの欲求は管理職の見立ての軸だとお伝えしました。では、なぜその名前を、そのまま部下と共有しないほうがいいのでしょうか。理由は、言葉が抽象的だからです。「関係欲求を高めよう」と言われて、明日から何をすればいいか、すぐに動ける人は多くありません。

そこで、欲求を「観察できる基準」に置き換えます。たとえば「関係が良い」を、こう言い換えてみます。「指示や報告が曖昧なとき、相手が誰であっても、その場で聞き返せている」。これなら、できているかどうかを、誰の目でも判断できます。「意欲がある」「風通しがいい」といった、人によって受け取り方が変わる言葉を避けて、見ればわかる表現にしておく。ここが、部下と同じ基準で現状を捉えるための土台になります。

4つの欲求を職場の基準に落とすと、たとえば次のようになります。

欲求 職場の基準(できているか、で見る)
生存 ① 休みや勤務変更の希望を、気兼ねなく言える
② 「この作業はやめてもいいのでは」という声が出て、実際に減ったことがある
③ 難しい顧客・取引先への対応を、一人で抱え込まない仕組みがある
関係 ④ 役職や年次に関係なく、感謝や承認の言葉が交わされている
⑤ 指示や報告が曖昧なとき、相手が誰であっても、その場で聞き返せる
⑥ 新人や少数派(時短勤務、外国籍、世代が離れた人など)が、会話の輪に入っている
成長 ⑦ 部下の提案が議題になり、採用しないときも理由がきちんと伝えられている
⑧ 「良くなったこと」が、言葉にして共有されている
⑨ 次に任せたい仕事や将来の見通しを、上司と部下で話している
貢献 ⑩ 顧客の良い変化や、「この仕事をしていてよかった」が語られている
⑪ 効率の話だけでなく、「それは顧客にとって良いか」が話し合われている
⑫ 職場が目指す姿を、従業員が自分の言葉で説明できる

研修でこのリストを配ると、たいてい少しの沈黙が生まれます。「できているつもりだったが、言葉にすると自信がない」と。それで構いません。曖昧だったものが、点検できる基準になった証拠だからです。

この基準は、管理職が一人で採点するためだけのものではありません。部下と一緒に「うちはどこができていて、どこが手薄か」を見るための、共通の物差しです。欲求の名前はご自身の頭の中に置いたまま、議題に載せるのは、この具体的な基準の方です。そうすれば、「なんとなく雰囲気が悪い」という話が、「⑤が、弱いね」という、具体的で、しかも人を責めにくい会話に変わっていきます。

とはいえ、基準を眺めるだけでは、まだ腹落ちしないかもしれません。次は、私が実際に見てきた二つの職場を通して、この基準が現場で何を意味するのかをお話しします。

二つの職場——欲求が枯れるとき、満ちるとき

ここからは、私自身が経験した、対照的な二つの職場での出来事を紹介します。業種を越えて通じるものがあると思います。

一つ目は、介護施設で働いていた頃のことです。前任の介護主任が急に辞めたために、私が異動しました。

(補足)介護主任:当時の施設では介護職員20名をマネジメントする、介護部門の責任者。

まず引っかかったのが、勤務時間です。1日8時間のシフトが基本でしたが、9時間のシフトがあったのです。既存職員からは、「あー、明日は9時間だ」「今月は9時間が4回もある……」という嘆きが、異動早々に耳に入ってきたことを覚えています。私もその9時間のシフトに何度か当たりましたが、最後の1時間は特にやることがなく、職員3名が手持ち無沙汰にしていました。「この時間は必要ですか?」と聞いても、「前からこうだからね」と返ってくるのみ。無駄だとわかっていても、変わらない、変えられない。長い拘束そのものが、負担にもなっていました。

利用者のご家族への対応も、印象的でした。施設長がご家族の要望を聞き、特別対応と捉えられそうなことも受け入れていました。けれど、それを実現するのは、私を含む現場の職員です。「それは難しい」と伝えても、「ご家族のご希望だから」の一言で、従わざるを得ない状況が続いていたのです。しんどさが、現場に積み上がっていきます。実際に、そのご家族が原因で辞めていった職員もいたようです。

そして、入職したばかりの新人が、初日から一人で現場での対応を任されていました。ご想像ください。介護の仕事が未経験にも関わらず、一人で現場の業務を任されることがどのようなことか…。これは、いきなり過大な負担を背負わせるという意味で生存欲求であり、先輩職員と関係性を作れない・相談できないという意味で関係欲求にも関わります。二つの欲求を同時に傷つけていたわけです。

声高な不満は、出ませんでした。それでも、人は静かに辞めていきます。

念のため、補足します。この内容を読むだけだと、その説明上、著しく能力を欠いていたように映るかもしれません。しかし、施設長自身が介護の仕事をしたことがなく、頼りにしていた介護職員がいきなり辞めてしまったんです。そして、先ほどからお話に出ているご家族というのは、今だともしかしたらカスタマーハラスメントにあたるようなご要望も、数多くおっしゃっていた方でした。経験もなく、頼りにする相手もいない中で、家族からの強く高い要求にどう応えるのか、苦心した結果だったのです。(後述しますが、実は、この後に施設が変わっていきます。そのときバックアップしてくれたのも、同じ施設長でした)

二つ目は、私が独立前に身を置いていた、研修会社でした。こちらは、対照的でした。役職も年次も職種も関係なく、「顧客のために」という観点で、会議のみならず日常的に皆が意見を言い合っていました。上席が出した案に、若手が「それは違うと思います」と口にできましたし、言われた側も、気分を害すことはありませんでした。

うまくいったことは、言い出した人を称賛し、うまくいかなくても、誰かを責めることはありません。「じゃあ、次どうしようか」と、すぐ前を向く。だから、アイデアが形になるまでが速いのです。

ちなみに、この職場で物事を決めるときの物差しは、「顧客にとって良いか」だけではありませんでした。「顧客にとって良く、かつ、自分たちの負担が増えないか」。この両方を、いつも一緒に見ていたのです。

ここは、大事なところだと思います。「顧客のために」だけを切り取ると、際限のない頑張りを求める、いわゆる「やりがい搾取」になりかねません。貢献の実感と、働く側の負担軽減。この二つを同時に狙うからこそ、貢献欲求と生存欲求が両立するのです。

二つの職場を分けていたのは、予算でも、制度でもありませんでした。日々の関わりと、ちょっとした仕組み。そして、それを一人で背負わず、皆で一緒につくっていたかどうか、でした。業種は違っても、この構図は変わらないと思います。

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原因ではなく、解決に目を向ける——ソリューションフォーカス

手薄な欲求が見えてきたら、次は改善です。うまくいっていないと、つい「なぜ、できていないのか」と原因を掘り下げたくなります。原因に目を向けること自体は、悪いことではありません。ただ、扱いを誤って「誰の責任か」という問いに傾くと、たちまち犯人探しになります。会議の空気は重くなり、人は口を閉ざしていく。動き出す前に、疲れてしまうのです。

そこで、視点を少し変えてみます。ソリューションフォーカス(解決志向)という考え方です。原因ではなく、「どうなったらいいか」——理想の状態から出発します。それだけで一冊の本になるほど奥行きのある考え方なので、ここでは、職場づくりに使う最小限に絞ってお伝えします。基本の流れは、四つです。

ソリューションフォーカスの4ステップ(理想の状態を描く→今を採点→できている点と改善点を挙げる→0.5点上げる一手を決める)を示した図
原因ではなく、解決に目を向ける。理想から逆算し、0.5点だけ上げる一手を、部下と一緒に決める。
  1. 理想の状態を描く……その基準が満たされたら、職場はどんな様子になっているか。
  2. 今を採点する……理想を10点として、今は何点か。
  3. できている点と、改善点を挙げる……0点ではないはずです。すでにできている部分と、あと少しの改善点を、具体的に言葉にする。
  4. 0.5点上げる一手を決める……10点を目指さない。あと0.5点アップさせるには何をするか。

③のポイントは、0点も10点も、まず出ないということです。だからこそ、「すでにできていること」と「あと少しの改善点」の両方が、必ず見えてきます。

そして、この進め方の肝が、四つ目の「0.5点上げる一手」です。少し、詳しくお話しします。

つい私たちは、2点も3点も、一気に上げようとします。大きな改革を掲げ、立派な計画をつくる。ですが、大きいほど実行は重くなり、続きません。そこで狙うのは、いますぐ実現できる、ほんの0.5点分の一手です。

なぜ0.5点なのでしょうか。すぐにできるということは、すぐに効果を実感できる、ということだからです。しかも、その一手が、部下自身から出てきたものであれば、なおいい。「自分が出したアイデアが、実際に形になって、職場が少し良くなった」。この手ごたえこそが、次の一歩を生みます。

目安は、「そんなことでいいの?」と拍子抜けするくらいの小ささです。しかも、大切なのは、新しい仕事を増やすことではありません。むしろ逆で、環境や仕掛けをほんの少し変えて、望ましい行動が自然に出るようにする。行動科学でいう「ナッジ(そっと後押しする工夫)」に近い発想です。たとえば、こんな一手です。どれも、さきほどの12の基準を、ほんの少しだけ満たす仕掛けです。

  • 更衣室のドアに、鏡を一枚置く。身だしなみを整えるついでに表情がゆるみ、自然と笑顔が増える
  • PCのログイン画面やスクリーンセーバーに、「今日、良くなったことは?」と表示する。見て頭に浮かんだことを、一つでも口にできれば十分
  • 休憩室のホワイトボードに、「やめてもよさそうな作業」を書ける欄を一行つくる。気づいた人が、気づいたときに書くだけ
  • 会議の議題票に、「顧客にとって良い?」「自分たちの負担は増えない?」のチェック欄を、最初から印刷しておく
  • 申し送りノートやチャットの定型文に、「今日、ありがとうを伝えたい人」の一行を入れておく
  • ミーティングの椅子を、円形に並べておく。上座・下座がなくなると、役職に関係なく口を開きやすくなる
  • 新人の席の隣を、必ず先輩の席にしておく。初日から、聞ける相手が物理的に隣にいる

どれも、「やることが増える」ものではありません。ちょっと環境を整える、一言添えるだけです。ですが、こうした0.5点を一つ、また一つと積み上げていくと、気づけば1点、2点と上がっていきます。大きな一手を一度打つより、小さな一手を部下と重ねるほうが、ずっと遠くまで進みます。これだけで、会議の空気は、少しずつ、でも確実に変わっていきます。

そして、ここが一番お伝えしたいところです。この採点も、一手を決めるのも、管理職が一人でやる必要はありません。むしろ、部下と一緒にやります。管理職の頭の中と、現場の実感は、たいていズレています。ご自身なりの答えは、持っておいて構いません。ただ、それは一度引き出しにしまって、まずは部下の点数と、部下が挙げる「できている点」「改善したい点」を聞いてみましょう。自分の答えを先に出さないからこそ、部下は素直に意見を言いやすくなるのです。

研修でこのやり方を試すと、「課題や原因だけを出し合うときより、はるかに発言が増えた」という声が出ます。責められないとわかると、人は口を開きやすくなります。

先ほどの12の基準は、この「理想の状態」を描く、格好の材料になります。どの基準を、0.5点だけ上げるか。それをチームで一つ選ぶだけで、明日の一歩が決まります。

では、その一歩を、絵に描いた餅で終わらせないために、何をすればいいのでしょうか。最後に、明日から動き出すための、小さな仕掛けをお話しします。

何度言っても部下が動かない本当の理由──応用行動分析(ABA)が示す、管理職に必要な「自己変革」
「何度言っても変わらない」と感じている管理職・人事担当者へ。応用行動分析(ABA)のABC理論をもとに、きっかけ・行動・みかえりの設計方法をわかりやすく解説。明日からできる具体的なフィードバック実践と、管理職自身の行動変容という視点を届けます。

明日、チームで始める小さな一歩

最後に、前半で紹介した私の体験の、後日談をお話しさせてください。私が異動した、あの介護の現場のことです。

私はその現場に、主任として異動しました。まず1ヶ月ほどかけて現場を把握してから改善を始めました。

変えたのは、特別なことではありません。意味の薄かった勤務時間を見直し、新人をひとり立ちまで休憩中以外は一人きりにしない受け入れに改めました。ご家族への対応も、その一つです。どこまでならできるのか、どうすればできるのかを、ご家族と話し合い、少しずつ緩めていきました。加えて、安心していただけるよう、こちらから積極的にコミュニケーションを取るようにしました。これらのやり取りや方針は、部下にも都度共有しました。それ以前は、ご家族への対応のとき、「動悸がする」と漏らす職員もいたほどだったのですが、少しずつプレッシャーが軽減していきました。

結果として、その後の半年ほどの間、退職が止まりました。少なくとも、新人が早々に辞めていくことは、なくなりました。

ただ、正直にお伝えすると、当時の私は、ソリューションフォーカスも、4つの欲求という整理も、知りませんでした。多くを自分で考え、自分で決め、自分で実行した。周りのメンバーに助けられた部分は大きかったのですが、それでも、周りには「主任は大変そうだ」と映っていたと思います。もしあのとき、この見立てと、部下を巻き込むやり方を知っていたら——変化はもっと長く続き、後を継ぐ人も育っていたかもしれません。この後悔が、今日お伝えしてきたことの、土台になっています。

だからこそ、最後にお願いしたいのは、たった一つの小さな一歩です。12の基準のなかから、気になるものを一つだけ選んでみてください。そして、その一つについて、部下にこう聞いてみて欲しいんです。

  • 10点満点で、いまは何点だと思う?
  • 何が、できていると思う?
  • 何は、改善したほうがいいと思う?

まずは、この3つを聞くだけで十分です。管理職が答えを用意して指示するのではなく、部下自身の点数と言葉を、先に引き出す。そこから、「では、あと少し良くするなら、何ができそうか」と、次の一歩を一緒に探していけます。

管理職としてマネジメントに尽力する必要はあります。しかし、もう一人だけで頑張らなくていいのではないでしょうか。欲求の見立ては、ご自身の頭の中に。良い職場の基準は、チームの共通言語に。そして、改善は、解決志向で、部下と一緒に。この三つがそろえば、「辞めたくない職場」は、きっとあなた一人の重荷ではなくなっていきます。

もし、この進め方を、チームで体験しながら身につけたいと感じられたら、定着をテーマにした研修という形で、お手伝いできます。まずは、気になることをお気軽にご相談ください。

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