研修をやっても、現場が変わらない。
管理者に届かない。現場の指導のやり方が変わらない。変えるために研修を企画しようにも、本部の研修担当者は、研修の案内を出すたびに相当な気を使っている――研修でよく聞くのは、そういう声です。
この記事は、介護業界で管理者として職員の指導に悩んでいる方と、本部で人事・研修を担当している方、その両方に向けて書いています。
ハラスメント研修を「やりっぱなし」にしないために何が必要か。介護現場8年、研修登壇年間約70本・延べ400施設以上の診断実績をもとに、研修で本当に伝えるべきことを整理します。
この記事でわかること
- 介護業界でハラスメントがなくならない「構造的な理由」
- 介護業界に特有の「2つのハラスメント」の実態
- 誰に・何を伝えるかの研修設計の考え方
- カークパトリックの4段階評価を使った「やりっぱなし」にしない仕掛け
- 管理者がよく持っている「誤解」とその整理
介護業界でハラスメントがなくならない「構造的な理由」
研修を重ねても職場の雰囲気が変わらない。そういった声は、介護業界では特によく耳にします。これは個人の意識の問題というより、介護業界に特有の構造が背景にあると考えられます。
成果が数字で語りにくく、経験則が重んじられやすい
営業職であれば、売上・訪問件数・成約率といった数字で成果を測ることができます。ところが介護の仕事は、「利用者の生活の質が上がったか」「信頼関係が築けているか」といった定性的な評価が中心です。数字で語りにくい分、「長年やってきた自分のやり方」が自然と重視されます。
その結果、現場では経験則が強い発言力を持ちます。「昔からこうやってきた」「私が教わったやり方でうまくいっている」という主張を数字で反証することが難しく、現場で実際に利用者に関わる介護や看護の職員の発言力は強い傾向があります。ひと昔前より、随分改善されてはいますが、今も管理者側が現場に気を使わざるを得ないという声を聴きます。

本部の研修担当が「案内を出すだけで神経を使う」現実
本部が研修を企画すると、現場からこのような声があがってくるくるそうです。
「こんなに忙しいのに、人なんか出せるわけがない。研修をやるなら、人をもっと入れてくれ」
本来であれば、研修を行うことでサービスの質の向上・定着率の向上・業務の効率化につながるはずです。しかし、現場では、目の前の業務が優先されます。研修=「業務を止めること」として受け取られ、批判的に見られることも少なくありません。ある組織では「研修ハラスメント」という言葉まで聞こえてきました。
誰かを悪く言うつもりはありません。確かに目の前にいる利用者が最優先であることは、揺るぎない事実です。ここで考えておきたいのは、「誰が悪いのか」ではなく、この「案内の段階から難しい」という現実が、介護業界のハラスメント研修をより困難にしている一因であるということです。
義務化と実態――知っておくべき2つの事実
令和3年度(2021年)の介護報酬改定により、全ての介護サービス事業者にハラスメント対策として必要な措置を講じることが義務付けられています。
一方、介護職の4割近くがこの1年間に何らかのハラスメントを経験しており、ハラスメントを経験した人が「早くやめたい」と回答した割合は24.5%と、経験のない人(12.1%)の2倍以上にのぼっています。義務化されても、現場は変わりきれていないのが実態です。
出典:全労連介護・ヘルパーネット「2024介護労働実態調査報告」(2025年5月)/厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策」(令和3年度介護報酬改定関連)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05120.html
義務として研修を「こなす」だけでは、現場は変わりません。誰に・何を・どう伝えるかの設計から見直すことが求められています。
介護業界で起きやすい「2つのハラスメント」――詰める指導と過保護な配慮
介護の現場では、指導が「詰める」か「何もしない」かに二極化しやすい傾向があります。どちらも悪意から起きているわけではない点が、対応を難しくしています。

「なんでそんなこともできないの」――詰める指導はなぜ起きるか
研修でよく聞くのは、こういった場面です。指示したことができない職員に対して「なんでそんなこともできないの?私、言いましたよね」と詰めてしまう。
このスタイルの多くは、主任・リーダー職が「自分が教わってきたやり方」をそのまま再現していることから起きます。当時はそれが「きちんとした指導」として通っていた。パワーハラスメントという概念が今ほど浸透していなかった時代に経験を積んだ人ほど、この傾向は強くなりがちです。厄介なのは、本人にハラスメントの自覚がほとんどないことです。
過去3年以内にパワーハラスメントを受けたと回答した労働者は19.3%にのぼり、令和5年度の労働局へのパワーハラスメント相談件数は6万件を超えています。義務化された今、「知らなかった」では済まされない状況です。
出典:厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」(2024年5月)
「辞められたら困るから私がやる」――過保護な配慮(ホワイトハラスメント)とは何か
一方で、まったく逆の方向で問題が起きている現場もあります。日本ハラスメントリスク管理協会は、「ホワイトハラスメント」を「悪意のない『配慮』が相手の成長機会やキャリアを奪い、結果として組織の活力を削ぐという逆説的な現象」と説明しています。
出典:日本ハラスメントリスク管理協会「配慮という名の排除〜ホワイトハラスメントの構造と実務的処方箋〜」(2026年4月)https://harassment-rma.jp/column/20260418-2/
介護の現場での場面はこうです。「辞められたら困るから、それは私がやっておくよ」と仕事を取り上げる。「まだ慣れていないから」と難しい場面から外し続ける。注意すると傷つくかもしれないので何も言わずに見守る。
本人は「相手のためを思って」行動しています。しかしその結果として起きるのは、職員の成長機会の喪失と、周囲への不公平感の蔓延、そして組織全体の基準の低下です。
詰める指導も過保護な配慮も、根本は同じ問題です。「ハラスメントの境界線が明確になっていないこと」と「適切な指導の代替行動を知らないこと」。この2点を解決しない限り、研修を重ねても現場は変わりにくいでしょう。
研修で「誰に・何を」伝えるかを設計し直す
多くの事業所で行われているハラスメント研修は、「全職員を一堂に集めて、ハラスメントの定義と事例を説明する」という形です。これ自体は間違いではありませんが、それだけでは現場は変わりにくいでしょう。対象別に「伝えること」を設計し直すことが先決です。

全職員に伝えること――境界線を「共通言語」にする
まず全職員が共通して持つべきは、「何がハラスメントで、何がそうでないか」の明確な定義です。この定義が職員によってバラバラな状態では、「あれはハラスメントだ」「そんなつもりではなかった」という認識のすれ違いが繰り返されます。共通言語を作ることが、ハラスメント対策の土台です。
あわせて、「疑問に感じたときや困ったときは相談してほしい」という方針と、相談への対応の流れまでセットで伝えることが重要です。相談した後に何が起きるかが見えないと、職員は相談を躊躇します。
主任・監督職に伝えること――指導の「代替行動」を身につける
主任・リーダー職に最も必要なのは、「ハラスメントとは何か」という知識だけではなく、「では、どう指導すればいいか」という代替行動です。「詰める指導はダメだ」と理解しても、代わりに何をすればいいかがわからなければ、指導そのものを避けるか、以前のやり方に戻るかのどちらかになります。これは、虐待防止・身体拘束適正化と同じ構造です。
具体的に伝えるべきは次の3点です。
- 任せ方の設計
- 「やってほしいこと+困ったら相談して」をセットで
- 相談する「困ったら」の判断基準
- 困っていることに気づけないケースも想定して伝えておく
- 相談を受けたときの対応
- ×なぜできないのか → 〇何が難しかったか、どこでつまずいているか
管理者・本部の人事・研修担当が決めておくこと
訴えがあった場合、一方的に話を聞くのではなく、必ず双方から話を聞く原則を明示します。「訴えた側の言い分だけで結論を出さない」「相談した側が不利益を被らないようにする」という2点は最低限明文化しておく必要があります。この原則がないまま相談窓口だけ設けても、機能しない可能性があります。
また、本部から現場への研修アナウンスの「伝え方」も設計が必要です。「ハラスメントをなくすための研修」という表現より、「指導のやり方について一緒に整理する場」という伝え方のほうが、管理者・主任層の参加意欲は高まりやすいでしょう。研修の目的を「問題の指摘」ではなく「指導力の向上支援」として位置づけることが、現場への受け入れられ方を変えます。
研修を「やりっぱなし」にしないための視点――カークパトリックの4段階評価
研修後に「よかったです」「勉強になりました」というアンケート結果が集まっても、3カ月後に現場が変わっていなければ、研修の目的は達成されていません。この「やりっぱなし」を防ぐ考え方として、アメリカの経営学者ドナルド・カークパトリックが1959年に発表した「4段階評価モデル(カークパトリックモデル)」があります。
出典:Donald L. Kirkpatrick, Evaluating Training Programs: The Four Levels, Berrett-Koehler Publishers, 1994

多くの介護事業所のハラスメント研修は、Level 1(満足度)で評価が終わっています。最も重要なのはLevel 3です。研修で学んだことが現場の行動に結びついているかどうかが、研修の実質的な成果を決めます。Level 3まで設計するには、研修当日だけでなく、前後に何を置くかが重要になります。
研修前:自分の指導場面を振り返るシートを配布し、研修を「自分の話」として受け取る準備をします。「最近、部下にどんな言葉をかけたか」「任せることをためらった場面はあったか」といった問いが有効です。
研修後:終了時に「明日から一つだけやること」を各自に決めさせます。複数の目標より一つに絞ることで行動につながりやすくなります。「相談されたとき、まず『話してくれてありがとう』と言う」のような、即実践できる行動が適切です。
研修後3カ月:管理者が職員の行動変容を意識して観察し、変化があればその場でフィードバックします。Level 3の評価は、管理者・本部の人事担当が研修後に何をするかにかかっています。
研修3か月後の観察について、現場の負担感を抑えるためにアンケートで代替することも有効です。ただ、できれば直接の観察や面談でのすり合わせ・フィードバックをおこなうことが理想です。そのためにも、仕組みとして1on1ミーティングを設定しておくとスムーズです。
管理者からよく聞く「誤解」に答える
管理者からよく聞くのは、「最近の子はナイーブで……何か言うとすぐにハラスメントだと言われそうで、何も言えません」という声です。この感覚は理解できます。ハラスメントへの意識が高まる中、指導に萎縮してしまう管理者が増えているのは事実です。直近1年でハラスメントへの意識が上がったと回答した人が全体の9割にのぼっているという調査結果もあります。ただし、この感覚の中にはいくつかの整理が必要な誤解が含まれています。
出典:Job総研「2025年 ハラスメント実態調査 〜被害・職場対策編〜」(2025年)
誤解①:「厳しく言えなくなった」=「何も言えない」ではない
言い方・伝え方を変える必要があるだけで、指導そのものを諦める必要はありません。「なぜできないのか」という問いかけより「何が難しかったか」という問いかけのほうが、相手が答えやすく問題の本質も見えやすくなります。相手が受け取れる形に変えることは、甘くすることではありません。受け取れない形で伝えても、指導は機能せず、互いに疲弊するだけです。
誤解②:ハラスメント対策は「被害者を守るもの」だけではない
本来の目的は「全員が指導しやすく、相談しやすい職場を作ること」です。境界線が明確になれば、管理者・主任も「これは言っていい指導だ」と自信を持って関われます。ハラスメント対策は管理者が動きやすくなるための整備でもあります。
誤解③:「研修をやれば終わり」ではない
研修当日で終わる取り組みはLevel 1の確認にとどまります。「研修後に何も変わらなかった」という経験が繰り返されることで、研修そのものへの不信感が生まれ、次回の案内がさらに難しくなる悪循環が起きます。研修前後の設計も含めて継続的に取り組む視点が必要です。
まとめ
この記事でお伝えしたことを整理します。
- 介護業界でハラスメントがなくならないのは、定量化しにくい業界構造と現場の発言力の強さという土壌が背景にある。ハラスメント対策は令和3年度より義務化されているにもかかわらず、現場は変わりきれていない
- 介護の現場では「詰める指導」と「過保護な配慮(ホワイトハラスメント)」の両方が起きており、どちらも「境界線の不明確さ」と「代替行動を知らないこと」から来ている
- ハラスメント研修は対象別(全職員・主任監督職・管理者と本部担当)に伝える内容を設計し直すことが有効
- カークパトリックの4段階評価を参照すると、多くの研修はLevel 1(満足度)で終わっている。研修前後の仕掛けを含めてLevel 3(行動変容)まで設計することが現場を変える
- 「何も言えない」という萎縮は「言い方を変える必要がある」と整理することで、指導の自信を取り戻す入口になる
ハラスメント研修を「形式的にやった」で終わらせないために、誰に・何を・どう伝えるかの設計から見直すことをお勧めします。研修の設計から一緒に考えたい方、現状のハラスメント対策を見直したい方は、まずはお気軽にご相談ください。
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