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研修を実施しても、職場がなかなか変わらない。「心理的安全性を高めよう」と管理職に伝えても、現場の空気は変わらないまま。そんな状況に課題を感じていないでしょうか。
多くの組織で「心理的安全性を高めたい」という意志はあります。しかしその意志が、具体的な行動に変わらないケースが後を絶ちません。その背景には、「心がければ変わる」という思い込みがあります。
この記事では、心理的安全性が職場で高まらない根本的な理由を整理し、管理職が今日から実践できる具体的な行動をお伝えします。年間70本以上の研修登壇・450本超の動画制作・400施設以上の診断実績をもとに、現場で実際に効果があった視点と方法をご紹介します。
この記事を読み終えると、「心がけ」ではなく「行動」として職場の心理的安全性を高めるための具体的なステップが明確になります。
職場の心理的安全性とは何か――「ぬるま湯」との決定的な違い
「心理的安全性を高めましょう」という話をすると、管理職の方からよく聞くのは「つまり、何でも許す職場にしろということですか?」という反応です。この誤解が出発点にある限り、職場は変わりません。
エドモンドソン教授が定義した「本来の意味」
心理的安全性は、ハーバード大学ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念です。教授は心理的安全性を「チームの中で対人リスクを取っても安全だという共通認識」と定義しています。
ここで重要なのは「対人リスク」という言葉です。意見を言ったとき・失敗を報告したとき・質問をしたときに、「馬鹿にされる」「評価が下がる」「関係が壊れる」といった不安を感じないでいられる状態を指します。「何でも許される」ことではありません。「何でも言える」環境のことです。

心理的安全性が高い職場で実際に起きていること
心理的安全性の研究で広く知られているのが、Googleが2012年に実施した「プロジェクト・アリストテレス」です。この調査では、生産性の高いチームに共通する要素を分析した結果、最も重要な因子として心理的安全性が特定されました。
心理的安全性が高いチームで実際に報告されていることとして、以下が挙げられます。
- 離職率が低い
- チームメンバーのアイデアが活用されやすい
- 収益性が高い
- 「効果的に働いている」とマネジャーに評価される機会が2倍多い
また、厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、仕事や職業生活に強いストレスを感じる労働者の割合は68.3%にのぼります(調査対象:約14,000事業所、約18,000人)。そのストレスの内容として「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」を挙げた労働者は26.1%と、上位項目の一つとなっています。職場の人間関係・コミュニケーションの問題が、いかに多くの労働者に影響を与えているかを示すデータです。
参照:厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_gaikyo.pdf
心理的安全性が高い職場が求めているもの
石井遼介氏は著書『心理的安全性のつくりかた』の中で、心理的安全性が高いチームについて以下のように定義しています。
メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的で良い仕事に力を注げるチームや職場
「心理的安全性のつくりかた」(石井遼介 著、日本能率協会マネジメントセンター、2020年9月)
『心理的安全性のつくりかた』(石井遼介 著)をオーディオブックで聴く
本記事で紹介している石井遼介氏の著書『心理的安全性のつくりかた』は、オーディオブックでも聴くことができます。通勤中や移動中など、耳が空いている時間を活用して学びたい方にお勧めです。
ぬるま湯組織とは、問題があっても指摘されない・成果よりも関係性が優先される状態です。心理的安全性が高い職場はその反対で、「問題を指摘できる」「失敗を報告できる」という意味では、むしろ高い基準が求められる職場です。「ぬるま湯」ではなく「安心して本音が言える環境」が、高いパフォーマンスの基盤になります。
「なぜ部下が本音を話さないのか」という背景については、以下の記事で詳しく解説しています。 部下が急に「辞めます」と言う本当の理由
なぜ「心がけ」だけでは職場は変わらないのか
「相手の話をよく聴きましょう」「否定せず受け止めましょう」と伝えても、管理職の行動がなかなか変わらないケースがあります。管理職の方からよく聞くのは「わかってはいるんですが、つい口を出してしまうんです」という言葉です。これは意識の問題ではなく、行動の構造の問題です。
意識と行動の間にある「ギャップ」とは
人は「こうしなければならない」と頭でわかっていても、習慣化された行動を簡単には変えられません。「気をつけよう」という意識は、その場では機能しても、日常の忙しい業務の中では持続しにくいでしょう。
特に管理職が陥りやすいのは、以下のパターンです。
- 部下が話し始めると、「解決策を提示しなければ」という衝動が先に出る
- 問題の報告を受けると、「なぜそうなったのか」と原因追及に向かう
- 自分の経験から「こうすればいい」という答えが見えてしまい、話を遮る
これらはすべて、管理職としての責任感や経験から来る行動です。悪意があるわけではありません。しかし、この行動パターンが、部下の「発言しても損をするかもしれない」という感覚を生み出しています。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)が示すこと
心理的安全性の向上に「行動」の視点が欠かせない理由を、心理学の観点から説明します。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)は、スティーブン・C・ヘイズ(Stephen C. Hayes)教授が提唱した心理的アプローチです。ACTの中核にある考え方は、「感情や思考をコントロールしようとするのではなく、価値に基づいた行動を選択する」というものです。

管理職の「つい口を出してしまう」という行動を例に考えてみましょう。「早く解決策を示さなければ」という思考や「部下の報告を聞いていると焦る」という感情をコントロールしようとしても、ACTの観点ではその思考や感情をなくすこと自体が難しいとされています。
重要なのは、思考や感情の有無ではなく「どう行動するか」です。「最後まで話を聴く」という具体的な行動を選択することが、変化の起点になります。
機能的文脈主義から見た「行動変容」の本質
ACTの理論的基盤となっているのが、ヘイズ教授が提唱する「機能的文脈主義」という考え方です。機能的文脈主義では、行動をそれ単体で評価するのではなく、「その行動がどのような文脈の中で、どのような機能を持っているか」という観点で理解します。
管理職が部下の話を遮る行動も、文脈によっては機能的です。例えば、顧客からのクレームに対して一刻も早く初期対応しなければならない場面を想像してください。「詳細はあとで聞くから、まず謝罪の電話を入れて」と部下の話を遮ることは、その場では正しい判断かもしれません。緊急性の高い場面では、すべての話を最後まで聴くことが必ずしも正解ではないでしょう。
しかし、日常的な報告・相談の場面でも同じ行動を取り続けると、文脈が変わります。「報告したら話を遮られた」という経験が積み重なると、部下は「次からは報告のハードルを下げよう」ではなく「報告するのをやめよう」と学習します。緊急場面では機能していた行動が、日常の関係性の中では心理的安全性を損なう行動に変わるのです。
つまり、「話を遮るな」という指示だけでは変わりません。「どの文脈でその行動が機能しないのか」への気づきと、新しい行動の選択が必要です。これが「心がけ」ではなく「行動」にフォーカスする意味です。
心理的安全性が低い職場で何が起きているか――現場でよく聞く実態
心理的安全性が低い職場で管理職の方からよく聞くのは、「部下が何を考えているのかわからない」「問題が起きてから初めて知ることが多い」という悩みです。問題があることは認識しているが、何が根本原因かが見えていないケースが多くあります。
「報告を遮る」が引き起こす連鎖
管理職が部下の報告を遮り、指示を出す場面を具体的に想像してみましょう。

もちろん、全てのケースに当てはまるわけではありません。
しかし、部下の報告が遅いと嘆く前に、どのような理由があるにせよ報告を遮ったことがなかったかを振り返ることはできるはずです。
悪い報告が上がってこなくなるメカニズム
なぜ部下は報告をためらうのでしょうか。その背景には、エドモンドソン教授が指摘する「4つの不安」があります。
- 無知だと思われる不安:「こんなことも知らないのか」と思われることへの恐れ
- 無能だと思われる不安:「なぜこんなミスをしたのか」と評価が下がることへの恐れ
- 邪魔をしていると思われる不安:「今忙しいのに」と嫌われることへの恐れ
- ネガティブだと思われる不安:「批判的な人間だ」と見られることへの恐れ
これらの不安は、「報告したら怒られた」「質問したら馬鹿にされた」という経験の積み重ねから形成されます。一度形成されると、管理職が変わっても残り続けることがあります。
石井遼介氏の研究が示す日本の職場の実態
石井遼介氏の前述の研究によれば、日本の組織における心理的安全性の構成要素として「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」という4つの因子が提示されています。
日本の職場で特に低いとされるのが「挑戦」と「新奇歓迎」の因子です。前例のないことを提案する・失敗を報告するといった場面でリスクを感じやすい文化が、職場の心理的安全性を下げる大きな要因になっています。
心理的安全性が高い職場はここが違う――解決できている組織の共通点
心理的安全性が高い職場には、特別な制度や仕組みがあるわけではありません。日常のやり取りの中に、明確な違いがあります。
悪い報告への反応が180度違う
心理的安全性が低い職場と高い職場では、悪い報告が来たときの管理職の反応が根本的に異なります。
心理的安全性が低い職場の反応例
- 「なんでそうなったの?」と原因追及から始める
- 顔も見ずに「うん、うん」と相槌を打ちながら、途中で話を遮って指示を出す
- 「もっと早く言ってくれればよかった」と責める
心理的安全性が高い職場の反応例
- 「報告してくれてありがとう」と最初に感謝を伝える
- 最後まで話を聴いてから、「では、どうしようか」と一緒に考える
- 「何が起きたか」に向き合い、「誰が悪いか」を問わない
この違いは、管理職の人柄の違いではありません。「何に注目しているか」の違いです。
「人」ではなく「事象」に向き合うとはどういうことか
心理的安全性が高い管理職に共通しているのは、「起きた事象」に向き合い、「報告した人」を評価しないという姿勢です。
例えば、部下がミスを報告してきたとき。「なぜこのミスをしたのか」という問いは「人」に向き合っています。「このミスが起きた状況はどういうものだったか」という問いは「事象」に向き合っています。後者の姿勢が、部下の「次も報告しよう」という行動を生み出します。
心理的安全性が高い職場で起きている成果の変化
厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」では、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.2%にとどまっています。約4割の事業所がまだ職場環境の改善に着手できていない状況です。
この状況の中で心理的安全性を高めることは、単なる「いい職場づくり」にとどまらず、人材の定着・チームのパフォーマンス向上・組織全体のリスク低減に直結します。
管理職が今日からできる3つの行動
心理的安全性を高めるために、大がかりな仕組みは必要ありません。管理職一人ひとりの日常の関わり方を変えることが、最も直接的な方法です。ここで紹介する3つの行動は、いずれも「心がけ」ではなく「具体的な行動」として設計しています。
行動① 話を最後まで遮らずに聴く
最初の一歩として最も効果的なのが、「最後まで話を聴く」という行動です。シンプルに聞こえますが、実践できている管理職は多くありません。
具体的には以下を意識してみましょう。
- 部下が話し始めたら、手を止めて相手の方を向く
- 話の途中で解決策が浮かんでも、言葉に出さず最後まで聴く
- 「それで?」「続けて」などの言葉で話を促す
「最後まで聴く」という行動には2つの効果があります。一つは、部下が「自分の話は受け止められる」と感じること。もう一つは、管理職自身が「聴いてから判断する」という新しい行動パターンを形成できることです。
おそらく、聴いていると言いたいことや聞き出したいことが口をつきそうになるでしょう。それらはグッと飲み込んでください。最低でも2週間、試してみることをお勧めします。
行動② 悪い報告に「ありがとう」と言う
悪い報告・失敗の報告を受けたとき、最初に「報告してくれてありがとう」と伝えることが、部下の報告行動を根本から変えます。
この一言が難しい理由は、管理職が「感謝する場面ではない」と感じるからです。しかしACTの観点から見れば、「感謝を伝えるかどうか」は感情の問題ではなく行動の選択の問題です。「感謝を感じていなくても、感謝を伝える行動を選択できる」という発想の転換が重要です。
実際に「ありがとう」の一言から始めると、部下の表情が変わる場面があります。「報告して怒られる」という予測が外れたとき、部下は「ここは安心して報告できる場所だ」と学習します。
行動③ 「何が起きたか」を一緒に考える
感謝を伝えた後の次のステップは、「何が起きたか」を一緒に考えることです。「なぜミスをしたのか」という問いではなく、「どんな状況でそれが起きたのか」という問いに切り替えます。

具体的な問いかけの例を挙げます。
- 「そのとき、どんな状況だった?」
- 「何か困っていたことはあった?」
- 「次に同じ状況になったとき、どうすれば防げると思う?」
これらの問いは、部下を責めるのではなく事象に向き合い、一緒に解決策を考える姿勢から生まれます。この姿勢が、部下の「この上司には相談できる」という感覚を育てます。
管理職の行動変容を「続ける」ための仕組み
管理職の行動変容は、心理的安全性向上の重要な起点です。しかし管理職一人の努力だけでは、組織全体の心理的安全性を持続させることは難しいでしょう。組織として取り組む視点も必要です。
研修で「共通言語」を作る
心理的安全性が組織に根付かない理由の一つは、「心理的安全性とは何か」の共通認識が組織全体にないことです。管理職だけが学んでも、メンバー全員が同じ認識を持たなければ行動は変わりにくいでしょう。
研修を通じて、以下の共通言語を組織全体に浸透させることが有効です。
- 心理的安全性は「ぬるま湯」ではないという理解
- 「報告した人」ではなく「起きた事象」に向き合うという姿勢
- 具体的な行動(話を聴く・感謝を伝える・一緒に考える)の実践
リアルタイムの研修が難しい場合は、動画を作成して全員に視聴させるという方法も有効です。時間や場所を問わず繰り返し学べる環境を整えることが、定着への近道になります。
定期的な現場診断で「見えない問題」を可視化する
心理的安全性の課題は、管理職本人には見えにくいことが多いです。「うちのチームは大丈夫」と思っていても、部下は「何も言えない」と感じているケースがあります。
第三者による現場診断(覆面調査・組織診断)を定期的に実施することで、管理職自身では気づけない問題を可視化できます。問題を認識することが、行動変容の出発点になります。
継続するための仕組みづくり
一度の研修や診断で心理的安全性が劇的に変わることはありません。継続的な取り組みが必要です。
継続するために有効な仕組みの例を挙げます。
- 1on1ミーティングの定期実施(部下の話を聴く場の制度化)
- 研修後のフォローアップセッションの実施
- 定期的な組織診断によるモニタリング
仕組みは、「変わろうとする意志」を「変わり続けられる環境」に変えるものです。
まとめ
職場の心理的安全性が高まらない根本的な理由は、「心がけ」という意識レベルのアプローチに留まっていることにあります。
心理的安全性は「ぬるま湯」ではありません。メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的で良い仕事に力を注げるチームの基盤です。
その基盤を作るのは、大がかりな制度改革ではありません。管理職が「話を最後まで聴く」「悪い報告に感謝を伝える」「事象に向き合って一緒に考える」という具体的な行動を選択することから始まります。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)と機能的文脈主義が示すように、変化は「意識」ではなく「行動」から生まれます。明日の朝一番の報告から、ぜひ試してみましょう。
職場の心理的安全性を高めるための研修・組織診断については、お気軽にご相談ください。


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