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「何か意見はありますか?」
会議でそう聞いても、返ってくるのは沈黙か、「特にありません」の一言。個別に声をかけてみても、「大丈夫です」「問題ないです」という答えばかり。チームを良くしたい、もっと意見を出し合えるようにしたいと思っているのに、何をしても響かない。
そんな状況に、心当たりはないでしょうか?
この問題の原因の多くは、「心理的安全性の誤解」にあります。「意見が出ないのはメンバーのやる気の問題だ」「もっと積極性を持ってほしい」と感じている管理職ほど、実は自分自身の行動がチームの沈黙を作り出している可能性があります。
本記事では、心理的安全性の正しい定義から、日本の職場に必要な4つの因子、変革の3段階、そして「明日から実践できる行動スキル」まで、順を追って解説します。特に「聞けばいいとわかっているのになぜできないのか」という点を、応用行動分析の視点も交えながら掘り下げます。
管理職として「チームのパフォーマンスを上げたい」と思っているすべての方に、読んでいただきたい内容です。
「意見を言わない部下」はやる気がない?
声をかけても返ってこない。「何か意見は?」と聞いても沈黙が続く。このような状況は、メンバーの無関心や積極性の欠如が原因でしょうか?
実はそうではない可能性が高いでしょう。
チームが黙っているとき、メンバーの多くは「何も考えていない」のではなく、「言っても安全ではない」と感じています。あるいは「言っても意味がない」という学習をしてしまっている場合もあります。
ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授は、心理的安全性が低い状態では、メンバーに4つの不安が生じると述べています。
【4つの不安】
① 無知だと思われる不安 「こんなことも知らないのか」と思われるのが怖くて、質問や確認ができなくなります。結果として、わからないまま業務を進め、ミスにつながることがあります。
② 無能だと思われる不安 失敗や弱みを見せると評価が下がると感じ、問題を抱え込むようになります。「報告したら怒られる」という心理が、情報の隠蔽や報告遅れを生みます。
③ 邪魔をしていると思われる不安 「今それを言う必要があるの?」「余計なことをするな」と思われることを恐れ、改善提案や疑問の提起を控えるようになります。
④ ネガティブだと思われる不安 「批判的な人だ」「空気が読めない」と思われるのを避けるため、否定的な意見やリスクの指摘をしなくなります。
これら4つの不安が重なるとき、チームは表面上は穏やかで、実態は何も言えない状態になります。会議での沈黙は、「無関心」ではなく「自己防衛」の表れである場合が多いのです。
「意見を言ってほしい」と呼びかけるだけでは、この不安は解消されません。不安の根っこにある「言っても安全かどうか」という感覚を変えることが、先決です。
心理的安全性とは何か──「全肯定」でも「ぬるま湯」でもない
「心理的安全性」という言葉が広まるにつれ、ある誤解も広まっています。研修でよく聞くのは、「注意してはいけない」「指摘してはいけない」「何でも受け入れなければならない」という思い込みです。これは大きな誤解です。
エドモンドソン教授の定義
心理的安全性は、1999年にハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念です。
チームの中で対人関係のリスクを取っても安全だという共通の認識(a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking)
Amy C. Edmondson, “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,” Administrative Science Quarterly, 1999.
「対人関係のリスク」とは、自分の意見を言うこと、疑問を呈すること、失敗を認めること、そして時に相手の意見に反論することを含みます。これらのリスクを取っても「罰せられない」「馬鹿にされない」という信頼が、心理的安全性の本質です。
石井遼介氏による日本版の定義
日本における心理的安全性研究の第一人者である石井遼介氏は、著書『心理的安全性のつくりかた』の中で、心理的安全性を次のように定義しています。
「組織やチーム全体の成果に向けた、率直な意見、素朴な質問、そして違和感の指摘が、いつでも、誰でも気兼ねなく言えること」
出典『心理的安全性のつくりかた──「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える』石井遼介/日本能率協会マネジメントセンター2020年
注目したいのは「チーム全体の成果に向けた」という部分です。心理的安全性は、ただ「何でも言える」状態ではありません。チームの目標達成や成果に向けた発言が自由にできる状態を指しています。
「ぬるま湯」との違い
「心理的安全性が高い=ぬるま湯組織」という誤解も根強くあります。しかし、両者はまったく別物です。

心理的安全性が高い職場では、必要な指摘は行われます。ただし「相手を攻撃する」のではなく「成果に向けて改善する」ための指摘です。注意しないことが心理的安全性ではありません。むしろ、適切なフィードバックが当たり前に行われる環境こそが、心理的安全性の高い状態です。
もちろん前述の通り、「システム全体の成果に向いている」ことに加えて「相手もそう感じられる表現にする」ことが前提です。
「日本版」心理的安全性を高める「4つの因子」とは
では、心理的安全性の高い職場には何があるのでしょうか。
石井遼介氏は、10,000人・800チームを対象にした調査をもとに、日本の職場における心理的安全性を構成する4つの因子を導き出しています。
因子①:話しやすさ
「些細なことでも相談できる」「発言しても否定されない」という環境です。
話しやすさが低い職場では、「前にそれを言ったら怒られた」という経験が積み重なり、メンバーは自然と口を閉ざすようになります。一方、話しやすい環境では、小さな疑問や懸念が早期に共有され、問題が大きくなる前に対処できます。
因子②:助け合い
「困ったときに助けを求められる」「助けを求めても弱みを見せたとは思われない」という文化です。
助け合いが機能しない職場では、メンバーは「自分でどうにかしなければ」と抱え込み、限界まで追い詰められてから問題が表面化します。助け合いの文化があれば、チームの総合力でカバーし合うことができます。
因子③:挑戦
「新しいことに取り組んでも、失敗しても責められない」という環境です。
挑戦因子が低い職場では、「前例のないことはやらない方がいい」という暗黙のルールができあがります。管理職が「なぜそんなことをしたんだ」という反応を繰り返すほど、この因子は下がっていきます。
因子④:新奇歓迎
「個性や違いが受け入れられる」「自分らしくいられる」という感覚です。
新奇歓迎が低い職場では、メンバーは「この職場での正解」に自分を合わせようとします。多様な視点や発想が活かされず、同質なアイデアしか出てこなくなります。

この4つの因子はそれぞれ独立しているのではなく、互いに影響し合っています。「話しやすさ」が土台にあってこそ、「助け合い」が生まれ、「挑戦」が促され、「新奇歓迎」の文化が育まれます。
管理職として「チームの4因子のどこが弱いか」を意識することが、改善の第一歩になります。
「健全な衝突」が強いチームを作る──ヘルシーコンフリクトとは
心理的安全性が高いチームには、実は「衝突」があります。
「衝突がないチームの方が良いのでは?」と感じるでしょうか。それは、心理的安全性についての大きな誤解の一つです。
ヘルシーコンフリクト(健全な衝突)とは
意見の衝突には2種類あります。

心理的安全性の高いチームでは、この「ヘルシーコンフリクト」が当たり前に起きています。意見をぶつけた後も、それまで通りの関係性を維持できます。「あの会議では激しく議論したけれど、終わったら普通に話している」という状態です。
「辞められては困る」が引き起こす沈黙の罠
管理職の方からよく聞くのは、「注意したいけど、辞められてはいけないから言えない」という声です。
しかし、これは逆説的な状況を生み出します。
必要な指摘をしないことで、問題が放置されます。問題が放置されると、チームの機能が低下します。チームが機能しなくなると、仕事への意欲が下がり、むしろ離職のリスクが高まります。
「辞められたくないから注意しない」という判断が、結果的にチームを壊しているのです。
また、適切なフィードバックを受けられない環境では、メンバーは自分の成長実感を得にくくなります。成長できないと感じた優秀な人材ほど、早期に職場を離れる傾向があります。
健全な衝突が成立する条件
ヘルシーコンフリクトが機能するためには、「意見をぶつけても、その後の関係性が壊れない」という信頼が前提にあります。
この信頼はどこから生まれるかというと、日常的な小さなやりとりの積み重ねです。普段から「話しやすい」「否定されない」という体験を重ねているチームは、大きな意見の衝突があっても関係性が壊れません。
逆に言えば、日常のコミュニケーションが薄く、信頼の蓄積がないチームでは、少しの意見の相違でも「攻撃された」と感じてしまいます。ヘルシーコンフリクトは、突然生まれるものではありません。日々の行動の積み重ねの上に育つものです。
心理的安全性の作り方の順番 ─ 変革の3段階と正しい入口
「心理的安全性を高めたい」と思った後、では「何から」始めればよいのでしょう?
石井遼介氏は、心理的安全性の変革を3段階に整理しています。
【変革の3段階】
第1段階:行動・スキル チームの一人ひとりが具体的な行動を変えること。「話しかける」「聞く」「感謝を伝える」「フィードバックをする」といった、個人レベルの行動が対象です。
第2段階:関係性・カルチャー 行動の積み重ねによって、チーム内に「こういう場だ」という共通認識が生まれた状態。「このチームは失敗しても責められない」「意見を言っても大丈夫だ」という文化が醸成されていきます。
第3段階:構造・環境 制度や評価システム、業務設計など、組織の構造レベルの変革。人事評価制度の見直し、1on1の義務化、報告体制の整備などがこれに当たります。

変革の難易度は、第1段階が最も低く、第3段階が最も高くなります。構造を変えるには組織全体の合意と時間が必要です。しかし、行動・スキルは今日から変えられます。
重要なのは、第3段階(構造・環境)から始めようとしても、第1段階(行動・スキル)が変わっていなければ意味がないという点です。制度を整えても、管理職の日々の行動が変わらなければ、心理的安全性は高まりません。むしろ、形骸化した制度やスローガンは心理的安全性を低下させます。
例えば、「会社からの指示だから1on1をやろう」と言われ、その1on1では日常的に行われている業務の進捗確認であったり、管理職からの一方的な話を聞かされたりする部下はどう感じるかでしょうか?
まず取り組むべきは、第1段階の「行動・スキル」です。そして、その中で最も手をつけやすく、効果の大きい行動が「聞く」ことです。
「聞けばいい」とわかっているのに、なぜできないのか
「傾聴が大切」という言葉は、多くの管理職がすでに知っています。研修でも、書籍でも、1on1の場でも、「まず聞くことが重要だ」と繰り返し伝えられています。それでも、実践できていない管理職が多いのはなぜでしょうか。
問題は「知っている」と「できる」の間にある
「わかっていてもできない」状態には、必ず理由があります。その理由を理解しないまま「もっと意識しよう」と試みても、行動はなかなか変わりません。
「聞いているうちにこうすればいいというのが分かるので、アドバイスをした方が良いはず」
「他の話にまとまりがないので、フォローのつもりで話している」
様々に理由が考えられます。ここでは、応用行動分析(ABA:Applied Behavior Analysis)の視点を用いてみましょう。
応用行動分析では、人の行動は「きっかけ→行動→みかえり」というフレームで理解されます。ある行動が繰り返されるのは、その行動に「みかえり(報酬)」があるからです。逆に言えば、行動を変えるためには、このフレームに介入すると効果的です。
過去の成功体験が「聞けない」状態を作る
管理職が「聞く」を実践できない背景の一つに、過去の成功体験への固着があります。
「部下が相談してきた→アドバイスをした→うまくいった」
このような経験を重ねてきた管理職にとって、「アドバイスをする」という行動は強く強化されています。うまくいったという「みかえり」が、「相談が来たらアドバイスをする」という行動パターンを、確固たるものにしてきたのです。

これは決して悪いことではありません。実際にその行動で成果を出してきたからこそ、管理職としての地位があります。しかし、問題は目の前にいる相手が「その頃の部下」ではなく、時代が変わっているという点です。
「昔言ったことは言ったこと。今の相手を見ているか」
過去の成功体験で培われた「アドバイスをする」というパターンが強固になると、管理職は相手の話を聞きながらも、頭の中では「次に何を言おうか」を考えています。皆さんもご経験あるのではないでしょうか?

次に言うことを考えていると、相手の言葉を情報として処理するのではなく、「自分がどう答えるか」のフィルターで受け取るリスクが高まります。結果として起きることが二つあります。
①相手が話したいことと、管理職が受け取った内容がずれる。「話したのに、わかってもらえなかった」という感覚を相手に与えます。
②「昔この人にはこう言った」という記憶が、現在の相手への対応を縛る。人は変わります。チームの状況も変わります。しかし、過去の成功体験に固執していると、目の前の相手をフラットな目で見ることが難しくなります。
昔は昔です。相手は「今の相手」であり、その当時の部下ではないかもしれません。
「今ここ」に意識を集中することの難しさは、管理職の経験が豊富であればあるほど大きくなる傾向があります。経験値が高いほど、過去のパターンが自動的に発動しやすくなるからです。
この問題に対しては、応用行動分析のアプローチから具体的な介入ができます。「きっかけ」と「みかえり」を意図的に設計することで、行動パターンを変えていく方法です。この点については、別の記事でさらに詳しく解説する予定です。
管理職が明日からできる「行動スキル」─まずは「聞ききる」
「なぜ聞けないのか」の構造が理解できたところで、具体的な行動スキルの話に移ります。騙されたと思って、まずは2週間試してみてください。
「聞く」とはどういう状態か
「聞く」と聞いて、多くの管理職は「うなずきながら相手の話を聞くこと」をイメージします。しかし、それだけでは十分ではありません。
「聞く」ことの本質は、相手が話し終えるまで聞き切ることです。
相手が話している途中でアドバイスを挟む、相手の言葉を引き取って「つまりこういうことだね」と結論を言ってしまう、「それはね、こうすればいいんだよ」と解決策を先に出す——これらはすべて相手からすると「聞いていない」と見られます。まずは、相手が話を終えるまでしっかりと聞き切りましょう。
管理職が意識すべき「聞く」の3原則を整理します。
【「聞く」の3原則】
① アドバイスをしない 相手から求められていない限り、アドバイスは行いません。「何かアドバイスはありますか?」「どうすればいいと思いますか?」と明確に求められてから、初めてアドバイスを考えます。
② 求められたとしても最低限に留める アドバイスを求められた場合も、できる限り絞り込みます。「3つ言いたいことがあるけど、1つだけ言う」というくらいでちょうどよいでしょう。すべて話すと、「結局話を持っていかれた」という印象を相手に与えます。
③ 相手の言葉を評価しない 「それはいいね」「それは難しいね」という評価の言葉を挟まず、「そうなんですね」「もう少し聞かせてください」と受容の言葉を使います。
肯定的な表現を使ったフィードバックの実例
「心理的安全性を高める=何も言わない」ではありません。必要なフィードバックは行います。ただし、表現の工夫が重要です。
NG例とOK例
| 場面 | NG表現 | OK表現 |
|---|---|---|
| ミスを指摘する | 「なんでこんなミスをするんだ」 | 「ここの部分、一緒に確認してみましょう。どう思いますか?」 |
| 改善を促す | 「もっとちゃんとやってください」 | 「こうするとさらに良くなると思います。試してみますか?」 |
| 疑問を伝える | 「それは違うんじゃないの?」 | 「私はこういう理由でこう考えているのですが、あなたはどう見ていますか?」 |
| 遅延を注意する | 「なぜ期限を守れないんだ」 | 「期限について確認させてください。何か難しいことがありましたか?」 |
いずれも、相手を責めるのではなく、事実に焦点をあてています。また、「してください」ではなく「してみましょう」「してみますか?」という表現にすることで、相手を尊重する意思が伝わります。
「聞く」を習慣化するための小さな工夫
「聞く」を実践するために、意識だけで変えようとするのは難しいでしょう。行動パターンを変えるためには、「きっかけ」を意図的に設定することが効果的です。
たとえば、1on1や面談の冒頭に「今日は最後まで相手の話を聞き切る」と自分に宣言する。あるいは、相手が話し終えるまで手帳を閉じておくという小さなルールを設ける。
重要なのは、「聞けた」という体験を積み重ねることです。「聞いたら、相手が自分で答えを見つけた」「聞いたら、思っていなかった本音が出てきた」という体験が新しい「みかえり」となり、「聞く」という行動を強化していきます。
まとめ
心理的安全性とは何か 「全肯定」でも「ぬるま湯」でもありません。チームの成果に向けた率直な意見、素朴な疑問、違和感の指摘が、誰でも気兼ねなく言える状態です。
4つの不安 心理的安全性が低い職場では「無知・無能・邪魔・ネガティブだと思われる不安」がメンバーの発言を封じています。この不安を取り除くことが先決です。
日本版の4因子 話しやすさ・助け合い・挑戦・新奇歓迎の4つが、日本の職場における心理的安全性を構成します。
ヘルシーコンフリクト 意見の衝突は「壊れるサイン」ではなく「育つサイン」です。健全な衝突が当たり前に起きるチームこそ、心理的安全性が高い状態です。
変革の3段階と行動スキル 変革は「行動・スキル→関係性・カルチャー→構造・環境」の3段階で進みます。最も手をつけやすいのが行動・スキルであり、その第一歩が「聞く」です。
なぜ聞けないのか 「アドバイスをした→うまくいった」という過去の成功体験が、「聞く」の妨げになっています。目の前の相手は「今の相手」であり、過去の文脈で見ることの危うさを意識することが重要です。
心理的安全性は、一朝一夕に築けるものではありません。しかし、管理職の日々の行動を少し変えることから、確実に変化が始まります。
「まず相手の話を最後まで聞き切る」。
そこから始めてみましょう。
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